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連載小説 ラッブ・フォー・ラブ その11 廣龍
「伯母ちゃん!」 「蛾よっ、蛾。後っ!」 振り返って壁を見た華菜が座ったまま、声も出さずに横倒しに倒れた。 白い壁に張り付いた蛾は異様に大きかった。両翅を広げた姿は十五センチくらい在った。両方の翅のそれぞれの中心に丸く見える黒い模様がある。まるで人の両の瞳で見られているような気がする。蛾が両翅をゆらりと動かした。黒い丸が僅かに形を変える。まるで顔を顰めた時のように見える。 「華菜っ! 誰かに見られてた感じ、あの蛾よっ。 翅の模様だって人の顔みたいだし」 「伯母ちゃん、伯母ちゃん、あの蛾、追い払っちゃわない。ちょっと気持ち悪い……」 ――気持ち悪いったって。あんな大きな蛾をどうするのよ。 「ねぇ伯母ちゃん、どうにかしようよ。気持ち悪い」 「気持ち悪いって、はたき落とすって訳にもいかないでしょう。はたいたら鱗粉がぱーっと飛んじゃうわよ」 「じゃ、どうするのよ!」 「窓っ、開けちゃいなさい、早く。あの蛾の所為でもないだろうけど、頭がボーッとしてきたわ」静代は頭を振った。 蛾を包んでいる空気が霞んでいく。蛾は両の翅を震わせている。鱗粉が翅の振動で空気に滲みだしていく。 「華菜ーっ、拙いわ、こりゃーあ。蛾が翅震わせる時は鱗粉と一緒に超音波を出してんだとさ。拙いわ、こりゃ」 「だから、何が拙いの……」 「雄蛾が雌に交尾を迫るときにこの超音波を出すんだって、なんかの本で読んだわ」 「だから何なのよ。私達がこの蛾に犯されるっちゅうの! 馬鹿々々しい」 「ちょっと、私、看護師さん呼んでくるわ」 「伯母ちゃん、変なこと、言わないのよ! ちょっと、私も行く。まってよ!」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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