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連載小説 ラッブ・フォー・ラブ その12 廣龍
静代と華菜はドアも閉めないで飛び出していった。暫くして、幾つもの乱れた足音が病室に戻ってきた。看護師を三人も連れて来ている。 「どこーっ? どこですか蛾は」 看護士達はおっかなびっくりで部屋中を眺め回した。静代が先程の壁を指さした。 「何処にもいないじゃないですか。蛾なんて」 年長の看護師が怒ったように言う。その顔はホッとした気持ちを隠せていない。 「あれっ、いないわね。窓から出ていったのかしら、おかしいわね。どうも済みません」 静代は気まずい空気を和ますかのように笑いながら謝った。看護師達はお互いに頷きあいながら帰っていった。静代と華菜は呆然と立ち尽くした。華菜はベッドの脇に座り込み、達也の手を握り、もう一方の手で達也の腕を摩った。摩りながら、ゆっくり話しかけた。 「御免ね、慌てちゃって。蛾が怖かったのもあるけれど、鱗粉がパパにかかっちゃ大変だと思うと慌てちゃって……」 達也の眼が微かに動いたような気がした。 「パパ、本当に御免ね……」 華菜は達也の腕を摩り続けた。静代は華菜の横で眼を潤ませながら立ち尽くした。華菜の肩が震え始めた。「伯母ちゃん、ちょっとお願いね」華菜は顔を背けたまま、静代の返事も待たずに出ていった。静代は華菜が座っていた所に坐り、達也の手を取り、ゆっくりと腕を摩り始めた。 「良かったね、達也さん。華菜が良い娘に育って。普段は、気が強くて扱いにくい娘だなって思っていたけど、ちゃんとしなきゃいけないところはちゃんとしてたね。達也さんの事をちゃんと理解していて……」 静代は涙声になるのを抑えきれないふうであった。達也の眼から一筋の涙が落ちた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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