|
カテゴリ:政治
大久保潤 篠原章「沖縄の不都合な真実に」対する池田信夫の評論を斜め読みした。
池田信夫といえば私の脳内では、某NHK御用達の極右評論家と認識されている。 その池田信夫は、上記著書への評論『基地反対という茶番劇』なかでこう書いている。 沖縄が自滅するのは彼らの自由だが、これ以上むだな税金をつぎ込むのはやめるべきだ。本書も指摘するように、沖縄の海兵隊は長期的には縮小・撤退の方向であり、今から新しい基地を建設する必要はない。辺野古がいやなら普天間を使い続ければいいのだ。 つまりは極右のオタク評論家でさえも、沖縄の海兵隊基地はすでにその歴史的役目を終えていることを十分に承知しているのである。 そして、今から、新しい基地を建設する必要はないとさえ断言しているのである。 とすれば、普天間も辺野古も論理的には必要ないという結論にたどり着くのだが、そうならないところが、極右評論家の極右評論家たる所以であり、ファシスト安倍同様、沖縄は日本であって日本ではないと考えているのだろう。 だからこそ、先の選挙で、沖縄県民の総意として新基地建設に「NO」という明確な判断がくだされたにも拘らず、辺野古の現場では、ファシスト安倍政権の暴力装置、沖縄県警・海上保安庁を総動員してその民意の圧殺に狂奔し、最終的には、池田某の言うように、沖縄の自滅を、自滅させることを狙っているとしか思えない。 しかし、米軍の銃剣と命がけの対峙をしてきた沖縄の人々は、彼らの思う以上に強く、その怒りは彼らの思う以上に深い。 辺野古の戦いは、オール沖縄だけではなく、オール日本の、そして全世界の人々のものとなるであろう。 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015年01月28日 22時49分58秒
コメント(0) | コメントを書く
[政治] カテゴリの最新記事
|