公園 青天を衝け 第11回 横濱焼き討ち計画 深谷駅 高崎城 彦根駅 彦根市長選挙 2021 小塚原回向院 桜田門外の変と坂下門外の変 烈婦滝本之碑 篆額は子爵 渋沢栄一
「高崎」の名付け親は、井伊直政です。彦根市長選挙で和田裕行さんが初当選しました。青天を衝け 第11回 横浜焼き討ち計画。タイトルから、ついに栄一の文字が消えました。こちらは、高崎市役所が見えています。群馬県高崎市高崎城でございます。先ほどの櫓は、乾櫓です。群馬県に唯一現存している城郭建築。こちらは滋賀県彦根市。JR彦根駅前です。高崎という地名ですけれども、名付け親は、井伊直政です。井伊の赤備えで有名な井伊直政が「高崎」と名付けました。ちなみに、「高崎」の前は、「和田」と呼ばれていたようです。2021年4月25日日曜日に行われた彦根市長選挙で、和田裕行さんが3度目の挑戦で初当選を果たしました。かつて、「殿様市長」と呼ばれた井伊直愛(いいなおよし)さんを破って当選したこともある、元職の獅山向洋(ししやまこうよう)さん。そして、現職の大久保貴さんを破りました。和田、高崎、井伊直政、彦根、そして、和田。ずらっとつながったのが、2021年4月25日日曜日でした。尾高惇忠、渋沢喜作、そして、渋沢栄一で討議してましたね!高崎城を乗っ取って、高崎城を拠点にして、鎌倉街道を下って、横浜を焼き討ちにするという計画。これは、自伝にも書かれている実話です。小塚原回向院です。桜田門外の変の襲撃犯の墓も並んでいます。桜田門外の変の襲撃犯の一人、蓮田市五郎が描いた「桜田門外之変図」という絵図があるのは、ご存じでしょうか。有村次左衛門。井伊直弼の首をとった薩摩藩の浪士です。子孫の有村国知(ありむらくにとも)さんは、2013年の彦根市長選挙で敗れましたが、今は滋賀県愛知郡愛荘町の町長をされています。桜田門外の変は大老 井伊直弼の首をとることができましたが、坂下門外の変は、老中 安藤信正を討ち漏らし、失敗しました。坂下門外の変の襲撃実行犯6名はその場で切り伏せられ、計画に関与した者も横田藤四郎は逃亡したが、児島強介をはじめ横田藤太郎(藤四郎長男)、小山長円らは捕縛された。児島強介が獄死したのは文久2年6月25日のことであった。享年26。渋沢栄一が江戸に向かってしまった尾高長七郎を追いかけて、熊谷宿(くまがやしゅく)で追いつくというシーンがありましたね。あのまま、江戸に行っていれば、危なかったと思います。再び、小塚原回向院です。下野の医師・河野顕三(こうの けんぞう)(三島三郎)、越後の医師・川本 杜太郎(かわもと もりたろう)(豊原邦之助)であった。以下、坂下門外の変への関与を疑われて獄死した方の墓が並んでいます。「横田藤太郎(よこた とうたろう)遺墳」。河本杜太郎は越後の医者で、儒学や国学を学んで尊攘運動に傾向。同志と共に老中安藤信正の暗殺を計画し、坂下門外の変で討死。甲田顯三も坂下烈士の一人。同志と共に坂下門外で安藤信正を襲撃して討死。横田藤太郎は、 下野の商人横田藤四郎の長男。父は天狗党の乱に参加しています。坂下門外の変の関与を疑われ、伝馬町獄舎で獄死。「得能淡雲墓」得能淡雲(とくのう たんうん)大洲藩出身の志士。雲水姿で諸国を巡って尊攘運動を展開。坂下門外の変の関与を疑われ、伝馬町獄舎で獄死。「児島艸臣墓」児島 強介(こじま きょうすけ)は宇都宮の商家出身の志士。儒学者で攘夷家の大橋訥庵に学び、坂下門外の変の関与を疑われ、伝馬町獄舎で獄死。「中野方蔵先生遺墳」。中野 方蔵(なかの ほうぞう)佐賀藩の尊攘志士。坂下門外の変の関与を疑われて、伝馬町獄舎に入れられて獄死。親友の方蔵の死報に接した江藤は「中野已に斃る。吾人にして起たずんば誰か復其志を継ぐものあらんや」と脱藩を決意したという。烈婦瀧本之碑滝本いの墓・烈婦滝本之碑(南千住5-33-13・回向院)大正十年七月 子爵渋澤榮一(渋沢栄一)篆額篆額(てんがく) - 石碑などの上部に篆書で書かれた題字。関鉄之助妾伊能遺墳。嫁と乳飲み子を残して、血洗島を飛び出してしまった、渋沢栄一。さぁ。果たして、このさき、どうなってしまうのでしょうか。[NHK大河ドラマ 青天を衝け あらすじ]第11回 横濱焼き討ち計画2021年4月25日放送渋沢栄一(吉沢 亮)と渋沢千代(橋本 愛)に待望の第一子が生まれるが、すぐに亡くなってしまい、渋沢家は重い空気に包まれる。そんな中、尾高惇忠(田辺誠一)は自らの手で攘夷(じょうい)の口火を切ろうと、横浜の外国人居留地の焼き討ちを発案。心を動かされた栄一は、武器や仲間を集め始める。一方、謹慎を解かれた徳川慶喜(草彅 剛)は将軍・徳川家茂(磯村勇斗)の後見職となるも、島津久光(池田成志)らから「一刻も早く攘夷の決行を」と迫られる。第12回 栄一の旅立ち2021年5月2日放送役人に追われる渋沢栄一(吉沢 亮)と渋沢喜作(高良健吾)をボロ屋に引き込んだのは、平岡円四郎(堤 真一)だった。平岡円四郎は一橋家に仕えないかと勧めるが、渋沢栄一たちは断る。血洗島村に戻った渋沢栄一は、尾高惇忠(田辺誠一)らと高崎城乗っ取り計画の準備をしていた。そこに京都から尾高長七郎(満島真之介)が戻り、涙ながらに中止を訴える。計画を断念した渋沢栄一と渋沢喜作は、再起をはかるため、血洗島村を離れ京都に向かうことを決意する。