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お久しぶりです。 仕事でもここのところ特にPCを使う必要もなく、2週間ほど全くPCに触りもしない日々が続いておりました。これはPCを購入してから最長記録かも。PCのある生活を送るようになってからは、これがない生活なんて考えられない、と思っていたけど、案外気にならなかったな…。でも、正直なところ「あれ調べなきゃ」とかそろそろメールが気になりだした頃ではありました。それでメールを開けてみたら案の定膨大な数のメールが…。結局それを整理するのにえらい時間がかかってしまいました。 今度こそ本当に復活しなくちゃ、と思っておりまが、早いものでもう師走。きっとこれからもサボリ気味になってしまうのでしょう。 で、いろいろ書こうと思っている事はあったのですが、月日が経つうちに忘れてしまって、と言うか、書きたい気持ちで一杯だったのが、時間の経過と共にその情熱が少し薄らいできてしまって。やっぱり何でも思ったときに書いておかないとダメですね。 さて、今日のお題は…坂東玉三郎。 私は洋の東西を問わず、今習っているハワイアン・フラはもちろんクラシックバレエやフラメンコ、そして日舞など「舞踊」が大好きです。特に日舞は子供の頃から通算すると14,5年習っていたのですが、名取のお話を随分いただいたのに「名は取らない」と頑なに拒んだのは名取になってからのいろんなお付き合いの大変さを知っていたから、ほとんどそれだけの理由です。私には出来ない…無理だ…って。 しかし、お稽古に行かなくなってからもずうっと日舞はテレビでやっていると観るし、出囃子が聴こえてくるとウキウキしてきます。だからやっぱり大好き! 今回久しぶりに、熊本県の山鹿市にある「八千代座」と言う芝居小屋での坂東玉三郎舞踊公演を観に行きました。13年前に同じ舞台で本当に間近で玉三郎の「鷺娘」を観て、踊りの巧さはもちろんの事、その美しさと妖艶さにただただ感動し、それ以来ずうっと又あの「鷺娘」が観たい、と思っていました。 そうしたら、今回「鷺娘」を13年ぶりに、そして「藤娘」も又八千代座で公演との噂を聞き、「絶対行かねば!」とすぐにチケットを取る為に電話したのでした。私の希望した日は升席はもう満席で2階席と言う事でしたが、13年前の記憶は、八千代座は小さな小屋なので2階席からでも舞台は近くだし問題ないのでした。 当日早めに山鹿に行って、八千代座周辺のお店や資料館を散策しました。次第に周辺に増えてくる人たち。貸し切りバスで来ている人たちもたくさんいたようです。 最初の演目は「藤娘」。玉三郎の「藤娘」は一度DVDで観た事はあるのですが、やはり生ですぐ手の届くような所で観るのはいいです。艶やかさと美しさとにため息をつきながら観ていました。 そして楽しみにしていた「鷺娘」。ほの暗い舞台にスッと白無垢姿の玉三郎が傘を差して現れますが、そこからもう鳥肌モンです。遂げられなかった思いを表現するこの衣裳から、パッと赤の衣裳に引き抜かれ、町娘があでやかに踊り、初めとの対比が素晴らしい。そして、最終は又雪が激しく降りしきる中再び白鷺のような白い衣裳になり、恋に苦しみ息絶えるクライマックスへと一気に進み、瞬きをするのも忘れてしまうくらいその舞に釘付けになってしまいました。早変わりの絶妙さと、その衣裳の変化に伴う踊りの変化は息を止めて観てしまうかもしれません。 今回久しぶりに玉三郎を観て思ったのは、「やはり年月は流れた」ということ。もちろん相も変わらず玉三郎は美しく、艶やかだったのですが、さすがに踊りの早さとか身のこなしは幾分スローになったと言うか、二つある振りを一つにした、という感じもしました。でも、その分その舞には無駄な力を抜いた、ちょうどいい力の抜き加減と本当に熟練されたとしか言いようのない柔らかで若い時とは又違った色気を感じました。本当に素晴らしかったです。妹と行ったのですが、妹は初めての生玉三郎で、大変興奮しておりました。 しかし、玉三郎の身体の柔らかさは相変わらずで、のけぞって踊るシーンは「衰え」などという言葉はちっとも感じられませんでした。まさに日舞の"イナバウアー"みたいな感じで。 私が日舞を続けていたならば、見習う事がたっくさんあったなー、と言うような気がします。 それから、大きい舞台で観るのはそれはそれで良さがあるけど、この八千代座の地方の芝居小屋の雰囲気が又とってもいいんですよ。玉三郎が毎年ここで公演をはじめて十数年経つということですが、この小屋独特の雰囲気をきっとお気に入りなのでしょうね。少し傾いているらしく、座っていると自然に前の方へずってしまっているのが難点ですが… お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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