ここ2~3日続いた過ごしやすい天気から一転。
今日は又、朝から蒸して外は非常に暑くなっています。
朝はいつものように起床して、息子を見送り、
洗濯をした後にホームセンターに出かけようと思いましたが、
なんだか胸が重く、息苦しく感じたので、
出かけるのはやめて、家の中で涼しく過ごしています。
この所、神経ばかりが昂ぶっていて、
夜は、疲れて眠気を感じているのに寝付きが悪く、
また、眠りも浅く、一晩のうちに何度も目が覚めて、
しかも、目が覚めるとなかなか寝付けずに、
朝の目覚めが非常につらい毎日です。
今、私を悩ませているのは、
受験生の息子の事。
会社の先行きの事。
母の健康の事。
どれもみな、私自身の力ではどうにも出来ない問題ばかり…。
ただただ先の事を心配して、胸が痛く息苦しく、
絶えず、不眠と胃痛に悩まされています。
そんな私が思うのは、いつでも亡くなった父の事。
今と同じ悩みを感じていても、
父がいてくれさえすれば、それほど悩まずに済んだ。
と言う気持ちでいっぱいになり、
亡くなった父の事が恋しくて仕方が無く
あふれる涙を止める事が出来ません。
父がいれば、たとえ明日、巨大な隕石が地球に激突して
地球上の生命全てが死滅すると聞かされても、
それほど心配なく、過していたと思います。
いつでも、どんな時でも父がいてくれれば私たちは大丈夫。
そんな風に、ずっとずっと思いこんでいたために、
父がいなくなって、もう半年以上も経つのに、
まだ、父を頼る気持ちから抜け出せないままでいます。
父の死後、母は頼れる存在から、守るべき存在に変わり、
何も取り柄と言えるもののない私には、
自分自身を支える事さえ満足にはできません。
私の悩みの原因は、私の心の問題です。
父を信じたように、兄を信じ、
また、息子の事を信じていれば、
きっと私の不安など、なにも無くなるはずなのに、
一番大切なはずの人を信じる事が出来ない所に
私の問題があるのです。
兄は優しく、またとても思いやりのある兄です。
息子もとても優しく、また私の事を大事にしてくれます。
そんな大切な2人なのに、どうして信じる事が出来ないのでしょう?
父の存在は、私にとって特別過ぎたのかもしれません。
私は父を、自分と同じ人間であると思った事はありませんでした。
私にとって、父は絶対の存在であり、
子供の頃でも、親しく口をきいた事さえなかった気がします。
話す時にはいつでも敬語を使っていましたし、
気楽に話す事は無く、父の前ではいつも緊張していました。
昔は、そんな風な家庭も多かったことかも知れませんが、
いまではこれは変わった事なのかもしれませんね。
もちろん兄に対しても、小さな子供時代は別として、
ぞんざいな物言いは出来ません。
親しみはありますが、ですます調の丁寧語で話す相手です。
それでも、父に抱いた気持ちと同じに
兄を盲目的に信頼する事が出来ないのは、なぜなのでしょう?
私の悩みの一番の原因は、そこにあるのです。
兄を信じ、息子を信じ、また母を信じられれば良いだけなのに。
もしかすると、父の死の可能性を直前まで知らされなかった事が、
私の心の奥底に、深い棘となり刺さったままで、
私を疎外した母と兄を許せないのかもしれません。
父が亡くなるその前の日まで、
いえ、亡くなったその日の昼に、先生のお話を伺うその時まで、
私は父の容体がそこまで重篤なものだと知らずにいました。
前日、見舞いに行った父は、とても苦しそうでしたが、
それでもまだ、きちんと私の事を認め、話も出来て、
私に仕事の指示を出すほどだったのです…。
しかしその晩、兄に病院に呼び出された時には、
父の意識は混濁していて、
その日の夜に、父は帰らぬ人となりました。
前の晩に、私を病院に呼び寄せた兄は、
父の状態が悪くて母がうろたえているからと言いましたが、
実際には、
父にもしもの事があったらと考えていたのだと思います。
私はひとり、治療さえ始まれば父は良くなると信じていて、
兄は母は、すでに父が治らない事を知っていた?
確かに、私に事実を知らせないのは正しい判断だったと思います。
本当の事を聞いていたら、とても平静ではいられませんでしたから。
病院の先生のお話では、そこまで急と言うものではなく、
あれほど早くと思っていなかったと、母は今でも口にしますが、
前日、私と入れ替わりで病院に行く時に、すでに母は、
もしもの場合に、父に着せるための着物を持っていたのです。
父の具合が悪くなって父が亡くなるまでの2週間。
すくなくとも、初めの病院から転院する頃には、
兄も母も、ある程度の覚悟を決めていたのでは?
毎日、会社で顔を合わせて、父の様子を聞く私に、
まだ検査の結果が出ないと言い続けた兄の言葉は本当だったのか?
まったくなにも知らされず、一人蚊帳の外に置かれた自分。
それが私に対する思いやりと愛情からだと分かっていても、
心の奥底では、母と兄を信頼する気持ちが損なわれてしまった…
思えば、私はいつも信頼していた相手から裏切られてきました。
小学生の時も、中学の時にも、高校の時にも、
親友と信じていた人物に、陰で手ひどく裏切られ、
もう2度と親しい友など作りたくないと思った時期もありました。
しかし後になり、裏切りは相手だけの責任では無く、
きっと自分にも問題があったのであろうと、自分自身を戒めて、
また、心を開ける友と出会う事が出来ました。
元夫に何度も期待をしては、その期待を裏切られ、
何度もその信頼を踏みにじられて、結局離婚する事になりましたが、
それもやはり、自分自身にも非があったからに違いないと
今では反省しています。
同じように、母や兄も本当に辛かったのだと分かっていて、
私に対する愛情と思いやりからの行為だと理解してはいても、
心の奥の深い場所では、
まだ、兄や母を恨む気持ちが残っているのかも?
そんな自分の心根の醜さと貧しさが、嫌でたまりませんが、
今の私は、自分の心をどうする事も出来ません。
これも、今までの出来事と同じように
時間が解決してくれる感情なのだと信じたいのですが…。
気持ちの良くない話を長々とお話してしまって申し訳ありません。
しかし文章にする事により、気持ちも少し整理できた気がします。
問題の解決は、自分自身の内にある。
きっとそれが真実なのでしょうね。