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カテゴリ:仕事
そもそも、私が働いてるのはAcuteでも Palliative
でもなくって病状が安定してる人が来る病棟。 日本でも同じような病棟で働いていたけど、病状の不安定な人が 来る可能性はこの国のほうが多いような気がする。 かなりの率でcomplicationsの人を引き受けるので、 大元の病院から底引き網で引き上げてきてるんではないかと思うくらい。 ま、全人間的な見方のできるドクター達なのだろうけど、 たまに彼らは究極のマゾではないかとも思う。 どこも帰せなかった難しいケースを家に帰せたという達成感に 取り付かれてるみたい。 たわごとはさておいて、、、 日本であまりみなかったけどこちらでよく見るのは、血管性静脈炎というか、、 下肢に傷が出来て治らないままずっといるひと、それから切断になるケース。 切断のクリニックがあるほど、高齢者には結構ありうる病気なんでする。 みんな椅子の生活やし、床に座らない、お風呂もシャワーだけだからねぇ。 (逆に日本でよく見たのはお膝が痛くてひん曲がったおばばさまたち。ここだと あっさり関節入れ替えられちゃうんだけど、日本人は畳、床に座る必要が あるため関節の制限が出る入れ替えはほとんどしない。 良くしてるのは、溜まった水を抜くこと。) そんなこんなでうちには、Amputation(切断)の方々が ひっきりなしに来るわけです。 おばばさまは、80代後半で、例に漏れずかなり色々な合併症をはみかえり、 膝上の切断を経験したあと、うちにやってきた。始めはかなり弱弱しくって 日中もうとうとしてたのだけど、リハの病棟に移ってからは、 すっごく元気になってきた。 他の人を励まし、前の日記では耳の遠いおばばの通訳を 向かいからしてくれた人でもあります。 娘さんも仕事で忙しい人なのだけど、他の兄弟が言うように ナーシングホームに行かせるのはいやだと、家に引き取って 世話をすると決めていた。イースター前に娘さん所に訪問して、 2人でプランを練って、イースター中には日中お試しで お家に帰る事を予定、その後物品をそろえて、 イースター空けに一気に退院しようと話し合っていた。 そしてその訪問の日の夜は、おばばはお誕生日で、中華料理を食べに 病院から数時間のお誕生日ディナーお出かけもした。 なのに、そのころから急に「しんどい」って言い始めて、、 残った足の血行の悪さが悪化したことがわかり、 先週末、元の救急病院に戻っていった。イースターはお家に戻れなかった。 そして、昨日、切断と傷を専門にフォローする専門のナースがうちの病院に 来たとき教えてくれた。 おばば様がその前の晩にお星様になったということを(T_T)。 病院に勤める以上、人はあちこちで死ぬわけで、在宅で働いていたときも、 多くの人がなくなっていったわけです。 でも今回はとってもやるせなく、悲しい(T_T)。 1日でもお家に帰してあげたかったなーと思って。 数ヶ月ずっーーと病院にいて、娘さんも必死だったし、 おばばさまもお家に帰りたいとがんばってたんだけどね。 今日、おばば様に貸していた車椅子を娘さんが返しにきてくれた。 こんなときにどういう言葉をかけていいのかわからなかったけど、 you did the best! って言ったら、 Thank you for all your job, you also did the bestって(涙) はぅ。なんだかしんみりした数日でした。かなすぃ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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