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今日は父の納骨と一周忌法要だった。
お墓については母ともども、色々考えたのだが、新しい墓を買った。 父は9人キョウダイの末っ子、だが最後までただ一人実家に残った。 家は継いだ形になったが、墓は誰が継ぐのか? 私たちは姉妹2人きりで、もう結婚し実家を出てしまっている。 結局親族のしがらみの無い新しい墓を、母の行きやすい場所に買った。 父のというより、母のための墓。 私はお墓は亡くなった人を想う、残された者のためにあると思う。 ただ祖父母の眠る、先祖代々の墓に入る者がいないことは少し気になる。 墓石に刻まれた文字は『信』の一文字。 父の名前から取ったのだが、家族の象徴でもある。 まわりの新しい墓を見渡すと、○○家という文字が少ない。 好きな言葉、文字、詩、そして英文まで多種多様だ。 この家も跡継ぎのいない、娘ばかりの家かな?などと考えてしまう。 少子化は家や墓が余るのね…。 家名ではなくこの文字を選んだ母の気持ちには、姓が変わった娘も入れる ということもあるのだろう。 父は昨年の11月6日に入院した。ちょうど1年前だ。 翌日、父の病気が癌であることを宣告され、その後1ヶ月ちょっとで亡くなった。 入院まで、いや入院してからも最期の10日までは、末期の癌とは思えなかった。 最期の10日でみるみる容態が悪化し、慌てて退院させ、3日を自宅で過ごし 家族で最期を見送った。 この1ヶ月は家族にとって、胸の締め付けられるような、苦しい日々であった。 私の人生のなかでも、もっとも辛い1ヶ月だったと思う。 ただ、あと10年先であれば、良い最期であったと言えただろう。 闘病期間も短かったし、最愛の家族、妻娘婿孫に囲まれての最期だった。 娘2人も嫁ぎ、孫が生まれ、母と2人で暮らす家を買い、仕事も退職したばかり。 これから好きなことをして暮らそうと、そう思った矢先のことだった。 62歳では早すぎる。せめてあと10年欲しかった。 母や妹はまだ父を思い出すと、涙を流している。 私はもう泣くことはほとんどなくなった。今日も泣かなかった。 これが1年という時の経過なのだろうか? これからは張り詰めていた気持ちの切れた母を支えていかなければ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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