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2006.08.12
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「よぉっ」

「おお」


景気良く上げた右手の調子に合わせて、思わず自分も右手を上げてしまった。向い側から歩いてくる姿は、普段通りの姿で、もう少し正確に言うと『普段通り過ぎる』姿だった。つまり、彼女はすっぴんに近いメイクでTシャツにジーンズとスニーカーだった。


「よぉっ」


僕の目の前に立って、エリはもう一度同じ台詞と同じ動作をした。右手を上げて、それから薄い唇をめいっぱい横に広げてその端を上げた。「お待たせ」ちっとも待たせたことを悪びれない様子で言った。


「7時を15分ほど過ぎてるんだけど」

「ごめん、悪かった」

「まさかとは、思うけど」

「まさかとは、何さ」

「寝てた?」


目をそらして口笛を吹く真似をしたワザとらしい姿は図星だと認めるのと同義だ。エリは、もちろん、口笛を吹けない。それから、昼間から2通送ったメールの返信が無かったことからもそれは割と簡単に想像できた。そして、何より、彼女は昨日、朝まで飲んでいたはずだった。


「寝癖」

「うそ!?どこ!?」

「うそだよ、やっぱ寝てただろ」


その指摘を無視するように、彼女はまくしたてた。「聞いてよ!」


「いいから、聞いて」

「何だよ」

「起きて、携帯を見たら、何時だったと思う?」

「知らんよ」

「6時半過ぎてたんだよ!それから顔洗ってちょっとメイクして服を着替えてバスに乗って来たんだ。偉くない?すごくない?」

「7時に待ち合わせで6時半に起きる時点で偉くない」

「あ、お金下ろしてきていい?」



都合が悪くなると、すぐ僕の言葉を無視する。ワザとらしく首をすくめて両手をあげた。エリが到着する寸前に、予約したお店には30分遅れることを伝えた。平日だったこともあってか、それとも単に人気の無いだけか、アッサリ了承を得ることが出来た。銀行からダイニングバーはすぐ近くだった。先に立ってスタスタ歩き出したエリの着てるTシャツが、僕が見たことのないものだったことに気づいた。いつもの古着じゃなかった。首元にラインストーンがあしらわれていて、たぶん、それは新品だった。遅刻したなりにもおしゃれしたつもりだったらしい。それが良かった。きっと、彼女には巻き髪とバッチリメイク、ワンピースとミュールよりもそれくらいのおしゃれの方がずっと似合う。


「それじゃー、乾杯!」


景気よくジョッキを鳴らした。うだるような暑さの中を歩いた後の生ビールは、よくのどに染み込んだ。ジョッキの半分を空けた僕を見て、エリはレモンサワーを更に飲んだ。彼女は変なところで僕に張り合う。


「っあー、うめー」ジョッキを置いて言う。本当に、それはうまかった。


「オッサンじゃん」

「うるっせーな」


僕の言葉に、エリはまた、唇をめいっぱい横に引いた顔で笑う。僕は、その顔がすごく好きだった。飾りっけのない、媚びた感じの全くしない、その笑顔が。僕は何度かそれをエリに言ったことがある。その度、同じ顔をした。恥ずかしがることは無かった。むしろ得意げだった。「小さいころから、笑顔が良いって何度も言われてたから。必殺スマイル、ってヤツだね」なにが『必殺』なのか分からないけれど、少なくとも僕はその笑顔にやられた訳だから、まぁ、ある意味『必殺』か。


「あ」

「なに?」

「いやいやいや」


テーブルにくっつきそうなくらい顔を下げてニヤニヤしながら僕の顔を見上げる。


「なに?」

「間違えましたよ」

「ああ?」


置いたばかりのジョッキをもう一回持って、僕に向かって差し出した。


「誕生日、おめでとう!かんぱーいっ!」


笑って僕もジョッキを差し出した。ガチン。景気の良い音がもう一回鳴り響いた。今日は、僕の、誕生日だった。彼女と過ごす、初めての誕生日。その割には自分でお店を予約して、あげく彼女は遅刻し、Tシャツとジーンズとスニーカーで現れた。それでも、いい気分だった。だって、目の前にいるのは、時間にルーズで、Tシャツとジーンズとスニーカーが似合って、とびきりの笑顔を持っている大好きな彼女だったから。


「はいはい、それじゃ、お待ちかねお楽しみのプレゼントタイムですよ」


カバンからヴィレッジバンガードの袋を取り出して僕の目の前に差し出す。それを受け取って、プレゼント用の包装紙にくるまった包みを出す。包装紙を開けると、無意味に大きい目覚まし時計が出てきた。


「これ、どっちかと言うとエリのほうが必要だよな」

「いや、喜べよ」

「ん。ありがと、な」


僕に家にはすでに目覚し時計が2つほどあるのだけれど、更に朝が騒々しくなるだろうことを想像した。この無意味に大きな目覚し時計は特に大きな音を立てて、僕を夢の世界から引きずり出すだろう。それはエリが僕を起こすときによく似ていると思った。僕の家に泊まるとき、エリは僕をバシバシ叩いて起こした。「朝だー!」僕をバシバシ叩いて大騒ぎして僕を起こした後、いつも自分は2度寝した。


「さ、私の誕生日には、何が出てくるのかな」


プレゼントを渡したことで、僕のお祝いはすでに彼女の中で終わったらしい。彼女は半年後の自分の誕生日のことを話し始めた。必殺スマイルで。














*****

今年の誕生日も一人で迎えました。8月12日。ハッピーバースディ、自分。
(誕生日プレゼントは随時受け付けております)

*****

【追記】

「祝え」と言わんばかりの恩着せがましい内容の更新にもかかわらず、おめでとうメッセージを何通かいただきました。本当にありがとうございます。現金の方が良かったなんてことは心の切れ端にも思いません。いま現在、自宅からは離れた場所(ヒント:漫画喫茶)に居りまして、この先はいつPCが触れるか分からない状況にありますが、きっと、いつか、必ずお返事をいたします。まことに失礼ながらこの場を以ってメッセージを頂いた方に御礼申し上げます。

ありがとうございました。

あんまりうれしいので、来月も誕生日とか言い出すかも知れません。





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Last updated  2006.08.12 22:49:13


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