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2006.08.24
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夏でも涼しいことだけが取り柄の地元で汗だくになって歩いていると、もう帰ってくることの意味なんて何も無い気がしてきた。夕日の照り返しがひどいアスファルトはキャンバスの靴底を溶かしてもおかしくない。心なしかゴムの靴底が焦げる臭いがしたけれど、それは家々の前にある打ち水が蒸発する匂いにかき消された。


「俺らが出会って、もう、10年になるんか」


しみじみ、という副詞の模範的とも言える言い方で、カズヤが呟いた。ビールには一口しか口をつけず、2杯目の烏龍茶が入ったグラスを空にしていた。グラスを指差すと「烏龍茶」と答える。「高校のときと酒の強さが変わらない」と笑った。僕は高校の時と比べ物にならないくらい酒は強くなったけれど大学生の頃よりは弱くなった。そう言うと「歳だな」と周りが囃し立てた。

10年。その数字がウソに思えるほど、信じられないほど目の前にある顔は変わらなかった。誰一人として、あの頃のままのように見えた。お盆や正月になると必ず声がかかり、こうして顔を合わせているからだろうか。中には滅多に顔を合わせないヤツもいた。カズヤもその一人で、考えてみればこうして顔を合わせるのは5年ぶりで、酒を飲むのは6年ぶりだった。カヨに至っては顔を見たのは高校を卒業するとき以来、つまり8年ぶりになる。少し遅れてきた彼女を見ると、おおー、という歓声が上がった。女性陣からは「キレイ!」「カッコいい!」という言葉が飛び交い、タバコを取り出して火を点けたときにも同じ声があがった。ただ、その賞賛の声を聞いて少し照れたように小さく笑った顔は、8年前と全く変わっていなかった。


「タバコなんて、全然カッコよくないよ。肌にも悪いし」


そう言って煙を吐き出し、焼酎のロックに口をつける姿は、確かに、カッコいいオトナの女性に見えたので、僕も「それ、カッコいいわ」と言い少し睨まれた。


エイジとキヨトとナオヤ、サツキとそれからハルコは地元で働いていて、その他もみんな同じ県内に残って就職していて、僕とユウヤとカヨだけが遠く離れたところで就職していた。僕とユウヤは毎回顔を合わせていたけれど、ユウヤの方がみんなとよく連絡をとっているらしく、みんなの事情に詳しかった。時には地元に残っている人間より詳しい話を知っていて周りを驚かせた。そして、今回も。


「はいはーい、注目ー」


ビールの入ったグラスを片手に持ってユウヤが立ち上がった。「発表がありまーす」ニヤニヤと笑いながら、ハルコとナオヤを交互に見るものだから、すぐに何の事かわかった。「びっくりするなよー」もったいぶるユウヤに向かって言う。


「結婚、するんだろ。ふたり」

「え!知ってた!?」

「いや、分かるよ、お前見てたら」


ハルコとナオヤは高校の頃からずっと付き合ってて、だから今年で8年目か9年目になる。「おめでとう」軽くグラスを上げたところでユウヤの大声が響いた。「かんぱーっい!!」


僕らは笑っていた。サツキが持ってきた高校のときの写真を見た。同じ顔で笑っていた。写真の顔は若くて、やっぱり顔は変わってしまっいたけれど全く同じ笑顔だった。仕事帰りのナオヤはスーツにネクタイだった。エイジは坊主だった髪を伸ばして、キヨトは親父になっていて、マサミは小麦色だった肌が真っ白になっていて、黒髪のストレートで真面目そうだったユリは茶色い髪を巻いて化粧をしていた。けれど同じ顔で笑っていた。



明日も仕事だと言うナオヤはすぐ帰り、しばらくしてから人が減っていった。最後に残ったのは集まった15人中5人だけだった。3人は停めてあるキヨトの車に向かった。ここから歩いて15分のところに家がある僕は、ハルコが迎えの車を待つのに付き合った。タバコをもう一本取り出す。「歩きタバコ」ハルコが僕を指差し「立ち止まってるやろーが」ポケットから携帯灰皿を取り出して苦笑いした。




覚えているこの街での夏の夜の記憶。忍び込んだ学校。花火。一晩で5ケースのビールを空にしたキャンプ。そのどれにも涼しい風が髪の毛や半そでの腕や頬を撫で付けていた。今は。じっとりとした空気がまだそこで淀んでいた。


「ここは、変わらん」


灯りの消えた商店街を見ながら言った。「うん、ちっとも変わらん」ハルコがしゃがんだ。



「私は。私は来月、結婚する」

「うん」

「短い間だったけどね、外の街へ出て思った。私はこの街が好きなんだって」

「そうやな、俺も、好きだわ」


記憶の中の涼しい風とは似ても似つかない濁った温度の風が吹いた。


「戻ってはこないの?ここに」

「勤め先が無いし、それに」


それに、退屈だ。それは言わなかった。「それに、もう少し、外の街を、あちこちに行ってみたい」


「そっか」

「好きやけどな、ここは。もう少ししたら帰ってくるかもしれない」帰ってくるかもしれないし、帰って来ないかも知れない。


「結婚してね、きっと、ずっと私はここにいる。だから、さ」


そう言って立ち上がって伸びをした。もう一度風が吹いた。さっきより幾分、気持ちの良い温度が流れた。


「いつでも、帰っておいでよ」






「おお」携帯灰皿にタバコを押し付ける。手のひらに熱が伝わる。それと同時にハルコの電話の着信音が鳴って「うん、分かった。そっちに行くね」ひとことで電話を切った。




「それ、じゃね。結婚式の2次会の案内出すから」


ひらひらと手を振って灯りの消えた商店街を走っていく姿を見てもう一本タバコを取り出した。風はもう吹かない。街灯の下にいる自分の姿がショウウィンドウに映ってさっき見た写真の笑顔を作ろうとして、




やめた。






変わってしまったこと。変わらないこと。写真の顔と同じ顔で笑えなかったら、ってことを考えると、少し恐くなったことも少しあったし、何より。






実家に帰って明らかに肥ったことに気付かされたたから。





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Last updated  2006.08.25 01:36:20


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