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休み時間が来ると同時に机の上に突っ伏して考えてることの半分が「どうやって自殺するか」だというツカサは、同年代の女の子より少し長めのスカートから伸びた足をプラプラさせながらステージに腰掛けていた。
「残りの半分は?」 ドラムスティックでビュンビュンと空気を切る音を聞きながらツカサの方を見ずに訊ねた。暗幕を抱えて慌ただしく走り回る後輩の視線を感じた気もしたけれど、そちらも見ないようにした。 「どうやったら世界が滅びるか、ってこと」 「ロックだねぇ」 半分本気で半分冗談でそう言うと、彼女は僕を睨んだ。 卒業式の直後にある軽音楽部のライブを明日に控えた視聴覚室は、仮設ステージ用に運ばれたビールケースと机の余りがまだ乱雑に放り出されていて、ミキサーから伸びたケーブルはむき出しのまま床に伸びている。ステージの上では音響チェックが始まっていて、ディストーションとクリーントーンのカッティングの音がギターアンプから交互に繰り返されていた。3年生が引退して2年生が主役になれるライブなんだってマナブは張り切っていたけれど、助っ人で入った僕にとっては半分はどうでも良かった。ツカサは最後までJUDY AND MARYを唄うことを拒んでいたから、たぶんもっとどうでもいいと思っていると思う。JUDY AND MARYの『クラシック』の歌詞を英語に翻訳して唄うことで、ツカサはやっとマナブとバンドを組むことを了承したらしい。さすがは元・優等生だと思った。中学生の時から彼女を知ってる人間はみんな口を揃えて「変わった」と言う。その中のひとりであるところの僕は、同じバンドメンバーにでもならない限り、たぶん彼女と口をきかないまま来年の3月を迎えた筈だった。元・優等生は高校入学後、少ししてからカート・コバーンを敬愛するようになったらしい。その頃の僕はNIRVANAはSmells Like Teen Spiritしか知らなかったし、彼女はそんなクラスメイトたちのことを知ろうとしなかった。 視聴覚室の窓を覆う暗幕の隙間から外を見た。僕らの住んでいた山間の街ではこの時期には梅も花を咲かせない。誰がつけたのか"Spring Has Come!!"と銘打たれたライブの当日は、予報によると雪が降るらしい。春はまだ来ない。 「なぁ、別にどうもしなくても世界なんてそのうち滅びるんじゃねぇ?」 「そのうち、じゃなくて今すぐに滅びる方法」 否定されることを分り切ってる質問をする。そうでもない限り、僕は彼女と会話する術を知らない。彼女は大人になって折合いをつけて窮屈になってしまうこの世界から自分が消えるか、世界のほうを消すかしないと我慢が出来ないんだろう。それくらい僕にだってわかってる。でも、そういう彼女になんて言うのが正解かは、僕は知らない。ドラムスティックをまた振り始める。本番は、明日だから。でも練習してないと不安だとか、緊張してる訳じゃない。バンドのメンバーであること以外、彼女とのつながりを見つけられないから僕はドラムスティックを手放せない。 「まぁ、せめて明日のライブまでには滅んで欲しくないけどな」 そう言ってステージの上に胡坐をかいて座る。ツカサの隣。その直後にツカサはステージから勢いよく飛び降りて、正面にあるビールケースの上に胡坐をかいて座った。 「ん。そうだね。明日、だ」 思いの外、ツカサは明日のライブが楽しみなのかもしれない。少し嬉しくなって、でも、そのライブが終わって一度きりのバンドも終わってしまったあとのことを考えると、少しがっかりもした。背中にバスドラのキックの音が響く。ドラムの音響チェックが始まった。後ろを振り向いてステージに並んだ機材やスピーカーを眺める。自分があそこにいてライブをやる姿は想像できなくても、ツカサがステージの真ん中に立って唄う姿は簡単に想像できた。振り返ってツカサを見ると彼女もステージの真ん中を見てた。そして胡坐をかいている足の隙間から、黒い下着が少し見えて「ロックだねぇ」と思った。 "Spring Has Come!!" 春はまだ少しあと。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.03.28 22:24:02
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