Carolyn Muessig (ed.), Preacher, Sermon and Audience in the Middle Ages, Leiden, Brill, 2002
中世説教活動について、特に聴衆やパフォーマンスの側面から考察する論考を集めた論文集です。
著者のMuessigについては、以前、次の編著を紹介したことがあります。
・Carolyn Muessig (ed.), Medieval Monastic Preaching, Brill, 1998
本書の構成は次のとおりです。(拙訳。また、論文の連番はのぽねこ補足)
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献辞
謝辞
寄稿者一覧
図版一覧
第1部 序論
[01]中世における説教師、説教、聴衆―ひとつの序論(C. Muessig)
第2部 中世説教研究の動向
[02]テクストから説教活動へ―出来事としての中世説教の復元(A. Thompson, OP)
第3部 レトリックと説教活動
[03]「説教術(書)」と中世説教(P. Roberts)
[04]「教皇自身による/教皇を前にしたcoram Papa」説教活動とアヴィニョン教皇庁のレトリック共同体(B. Beattie)
第4部 説教活動とパフォーマンス
[05]中世説教とそのパフォーマンス―理論と記録(B. M. Kienzle)
第5部 説教活動と芸術
[06]金細工師としての説教師―イタリア人説教師による視覚芸術の使用(N. B-A. Debby)
[07]説教活動と図像―後期中世イングランドにおける説教と壁画(M. Gil)
[08]後期中世イタリア芸術における聖人説教師(R. Rusconi)
第6部 説教師と聴衆
[09]ヴェルチェリ説教11-13番とアングロ=サクソン地域でのベネディクト派修道院改革―意図的に改変された史料と想定された聴衆(C. D. Wright)
[10]女性の助言者としての説教師(N. B-A. Debby)
[11]聴衆と説教師―「身分別」説教集と社会分類(C. Muessig)
第7部 歴史的資料としての説教
[12]聖人に関する中世説教集の文脈(G. Ferzoco)
[13]中世説教活動の心的暦の再構築―ひとつの方法とその限界―日曜説教集の分析(J. Hanska)
索引
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多岐にわたるので、特に関心のある論文について簡単にメモしておきます。
[01]は本書所収論文の概要と意義を示します。とりわけ、第4部の「パフォーマンス」、出来事としての説教活動の復元の試みは、本書所収の多くの論文に通じるテーマだと指摘されます。
[02]は、説教活動に関する研究史の整理。特に、語られた出来事としての説教活動の側面に関する研究や、説教史料自体への分析方法、またその他の史料を用いた説教活動の復元に関する研究などについて手際よく整理されています。
[03]は、このブログでも色々な文献を紹介していますが、「説教術」あるいはそれをまとめた論考である「説教術書」と説教の関係を、とりわけレトリック(修辞法)の観点から論じます。関連史料として、具体的な物語で説教の内容の理解を助ける「例話集」や、聖書の言葉の様々な意味を集めた「語釈集」についても論じられます。
[05]は、さきにもふれましたが本書の中心的テーマを扱います。まずは「説教術書」をもとに、その著述家たちが説教のパフォーマンスをどのように捉えていたかを概観したのち、視覚的イメージ(図像)の使用、身振り、通訳、説教中に起こった奇跡など、様々な観点から説教活動の実態の復元を試みており、非常に興味深い論文です。
第5部は、説教活動と図像の関係を論じる3つの論文からなります。
第6部では、[11]が、私が関心を寄せる「身分別」説教集に関する考察で、本書の中で最も読んできている論考。学者、女性、修道士など、想定された聴衆に向けた説教を集めた「身分別」説教集は、日曜日に定例的に行われる説教のための「日曜説教集」などに比べて、ほとんど史料がありません。その少ない例の中から、いくつかの事例を分析し、「身分別」説教集は、聴衆へのまなざし(説教師が社会をどのように捉えていたか)だけでなく、説教師自身の立場を明らかにすることにつながる史料だということを、著者は強調しています。
[12]は、13世紀から増大する聖人伝集と聖人祝日説教集(聖人祝日になされる説教の範例の集成)の関係性を論じます。特に、ヤコブス・デ・ウォラギネは『黄金伝説』という最も有名な聖人伝集を編んでいますが(邦訳あり。現在第1巻について本ブログでも紹介。記事はこちら)、彼は聖人祝日説教集も著しており、説教集も普及したといいます。Ferzocoは、聖人伝集は社会のすべての人に届くわけではないが、説教集は聴衆に効果的に、直接的に訴えかける効果があったと論じています。
[13]は、さきにもふれた日曜日になされる説教の集成「日曜説教集」へのアプローチに関する論考。d’Avrayという研究者が提唱する「心的暦」(おおまかな理解ですが、特定の日曜日に特定の題材に関する説教が行われ、聴衆の心に徐々に刻まれていくということ)の効果と限界の検証を試みます。具体的ないくつかの日曜日のための説教を複数分析し、それぞれの日曜日には、2~3の重要な題材があったと思われると結論付けられ、この方法の有効性を示します。
以上、自身に関心に沿ってのざっとの紹介となりましたが、興味深い論集です。
(2023.03.12再読)
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