杉崎泰一郎『「聖性」から読み解く西欧中世―聖人・聖遺物・聖域』
~創元社、2024年~
中央大学文学部教授の杉崎先生による、「聖性」の観点から西欧中世を読み解く1冊。以前紹介した杉崎泰一郎『世界を揺るがした聖遺物―ロンギヌスの槍、聖杯、聖十字架…の神秘と真相―』(河出書房新社、2022年)は、聖遺物に焦点を当てた平易な語り口の1冊でしたが、本書は聖遺物から聖性へと対象を拡大しています。
本書の構成は次のとおりです。
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はじめに
第1章 コンスタンティヌス大帝からカール大帝へ―キリスト教聖性の醸成
第2章 権力者と聖性
第3章 地域社会と聖なる力
第4章 修道院による聖性の創出
第5章 巡礼と伝承
第6章 教皇、王と受難のキリスト―十字軍時代の聖性を導いたもの
第7章 教皇による列聖、王権の聖化―聖なる力による普遍的な権威の形成
第8章 言葉による聖性の拡散と共有
第9章 俗人による宗教運動と地域共同体―ルネサンスから近世へ
あとがき
参考文献
索引
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以上のように、初期中世から近世までを見据えた概説となっていて、また多様な「聖性」のあり方が論じられており、興味深い1冊です。
が、誤植が目立つのが気になりました。
(1)研究者名の誤字
轟木広太郎先生の名前の表記が「轟広太郎」となっているほか(71頁、307頁)、列聖手続きに関する研究を進めていらっしゃる渡邉浩先生の表記にいたっては「渡辺浩」(216頁)、「渡邊浩」(219頁)、正しい「渡邉浩」(同頁)と、数ページの間にまちまちの表記になっています。渡邊昌美先生の表記も、「渡邉昌美」(307頁、311頁)となっている箇所がありました。
(2)固有名詞の誤字
モワサック修道院について論じている部分で、とつぜん「モサワック修道院」と表記されたり(141頁)、その他地名でノルマンディーが「ノルマディー」となっていたり(236頁)します。また、タラスコンというまちでの、タラスクという怪物の伝説について論じる部分では、「怪物タラスコン」(292頁)とあり、怪物名と都市名の混同があります。
(3)その他
巡礼に関する基本的史料である『聖ヤコブの書』の第五部「巡礼案内書」について紹介する部分で、「その第五部は『巡礼案内書』は、(以下略)」と「は」が二重になっていて、ここは「その第五部『巡礼案内書』は」でしょう(148頁)。232頁では聖王ルイの命日が「八月二一五日」(230頁では「八月二五日」)と余計な「一」が入っています。268頁の「キリストの脇腹を指したロンギヌス」は、「キリストの脇腹を刺したロンギヌス」が正しいでしょう。
こうした誤植のほか、人物に関する記述にも誤りがあります。261頁から、このブログでも何度か言及しているジャック・ド・ヴィトリという説教師に関する言及がありますが、ここではジャックが「ドミニコ会修道士」で、「エルサレム総大司教に任じられた」。そして、「例話集や説教集を執筆した」(261-262頁)とあります。しかしカッコで引用した部分は、私が勉強してきている限りではすべて誤りで、ジャックはドミニコ会修道士ではなく、律修聖堂参事会員を経て、司教、司教枢機卿といった経歴の人物です。エルサレム総大主教ではなく、アッコンの司教に任じられました。また、自身では例話集は残していないはずで、多くの例話を含む説教集は著しており(『身分別説教集』と『週日・通聖人説教集』)、のちに例話のみ抜粋した写本が作られたということはあるようです。本書の性格上、注がないため、何を根拠にジャックについて以上のような記述がなされたのか不明ですが、さきの誤植が多い件とあわせて、本書が非常に興味深いテーマを扱っている貴重な概説書であるだけに、余計に残念でした。
こういった残念な点はありましたが、興味深い記述も多いです。
たとえば第1章では、聖遺物を取引する商人の存在が指摘されます。
また第2章では、有名なバイユーのタピスリー(1066年のいわゆるノルマン・コンクエストでのイングランド王とノルマンディー公の戦いを描く)の中で、敗北する英王ハロルドは目に矢を受けて命を失いますが、彼は「雄牛の目」と呼ばれる聖遺物箱に入れられた聖遺物に誓いを立てていました。ここで、聖遺物箱の「目」と死因の関連性があるのかもしれない、という興味深い仮説が示されています。
第3章では、領主の裁きによって不当な扱いを受けた者に対して、「教会や修道委員が聖人の名のもとに救済活動をしていた」(89頁)ということが指摘されます。
その他、修道院での聖遺物の利用の諸側面を描く第4章、教皇による列聖手続きの成立の概要を分かりやすく示す第7章など、どの章も興味深く読みました。
(2024.06.09読了)
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