アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170505
【晴】 校門を出ると直ぐに、ヤッさんが何かにおびえたような顔で、こっちにやって来るのに出合った。「ヤッさん忘れ物かい。それともお使いか」「あっコーちゃん、悪りいんだけど一緒に来てくんねえかな。カーちゃんに言われて市役所に行くんだけど、俺ああいう所に行くの、すごく嫌なんだよ。だって色々聞かれても、何て答えたらいいか分かんねえし、市役所の人って、みんな意地悪べえだから、俺おっかなくって仕様がねえんだよ」 ヤッさんは半分泣きそうになって頼み込むのだった。「いいよ、一緒に行ってやるよ。市役所のどこに行くんだい」「戸籍係、戸籍抄本を一枚もらって来るん」「分かった一階だな。大丈夫心配するなよ。あいつらがまた意地悪したら、俺がそいつをぶっとばしてやるから」 あの頃の私は全く怖い物知らずで、相手が人間の時は、親と先生以外だったら、理に合わない時には、たとえ大人にだって飛びかかって行った。 そんな私の事をヤッさんもよく知っていたので、心細い気持ちの時に都合良く出合ったのを好機とばかりに、私の腕を掴んで離さなかった。 小学校5年生の時に、私の身長は160cm近くまでになっていたから、たとえ子供とはいっても、それなりに押し出しが良かったので、こんな時には用心棒代わりになるのを、ヤッさんは知っていたのだ。 私も気の良いヤッさんが意地悪役人にいじめられるのが可哀想だったから、二つ返事で同行を引き受けた。 学校から役所までは、歩いて20分位のもので、逆さ川沿いの道を日赤病院まで進み、あとは川を離れて東に行けば直ぐだった。 《アトリエ白美:渡辺晃吉》