バイトが終わって冷房の効きすぎたコンビニを出ると、先輩がいた。先輩といっても学校やバイトのではない。アパートの、である。
ムッとするような空気の中、彼の周りだけが異様に冷えて見えるのは、俺だけなのだろうか。
「いつからいたんですか」
「んー、きみのバイト終了予定時刻くらいから?」
「ストーカーじゃないんだから」
この人の場合、ストーカーというより疫病神とか貧乏神の類に近いかもしれない。どちらにしろ、胡散臭いことこの上ない。
「せっかくいいもの見に行こうって誘ってやりに来たのに」
先輩はそう言いながら、ジーンズの尻ポケットをまさぐって車のキーを取りだした。どういう趣味をしている、先輩の車のキーには、やたらとファンシーなリラックマのキーホルダーが付いている。今回は、それにコリラックマもプラスされていた。どこでどんな顔して購入しているのか、見てみたいような気もする。
「いいもの? 花火大会ならもう終わってるでしょう」
今日は隣の市で花火大会があったのだ。隣の市といってもここは境目みたいなところで、このコンビニのすぐ上にあるバイパスを使えば、会場までは三十分もかからない。花火の音はこのコンビニの駐車場にも届いていたし、もうちょっと海に近い俺たちの住むアパートの方まで出れば、花火もちらっとは見えたと思う。
花火帰りらしきお客の波はすでに終わったあとだ。それでも先輩は、車のキーを投げ上げてにやりとした。
「花火のどこがいいんだ。本当にいいものは祭の後の方が見え易いんだよ」
「なんですかそれ」
「行けば分かる」
避暑と称して肝試しに付き合わされたのはつい先週のことである。この人の言う『いいもの』にロクなものがないということには薄々気付いていたが、好奇心に負けてついていくことにした。うちのエアコンは壊れているけれど、先輩の軽トラは、ボロでも一応エアコンが付いている。それに、俺のバイト終わりに合わせて花火客が押し寄せてきたので、通常より長時間立ちっぱなしで疲れていたせいもある。要するに、車の誘惑に負けたのだ。まさかまたオバケを見ましょうなんてことはないだろう。
先輩の愛車の軽トラは、バイパスを高速並みのスピードでひた走っていた。両側に防音壁が聳え、トンネルや看板がなければ、ずっと同じ所を走っているような錯覚に陥る。
コンビニの深夜勤務をしているとトラックの運ちゃんがよく来るので、夜のバイパスは長距離トラックがたくさん走っているものと思っていたが、トラックに限らず、ほとんど車と遭遇することはなかった。花火大会が終わってかなり時間が経っているせいか、対向車線を走っている車もまばらだ。
いくつかのトンネルを抜けたところで、花火大会のあった市街地への案内図が現れた。しかし、先輩はそこでバイパスを降りることなく、真っすぐに進んでいく。
「どこ行くんですか。このまま行ったら会場過ぎちゃいますよ」
というか、すでに過ぎている。俺たちの行く手には、次なるトンネルが口を開けていた。
「誰が花火大会の会場に行くと言った」
「でも、面白いものは祭の後にあるって……」
そう抗議の声を上げた時、視界の端に浴衣姿の女性が映ったような気がして、背筋を冷たいものが奔った。さっきまで花火大会をやっていたのだから、浴衣姿の女性なんていくらもいるだろう。でも、普通に考えて、女性が一人でこんな寂しい道を帰るだろうか。しかもここはバイパスだ。
俺は恐る恐るフロントガラスに目を凝らした。
「あ、あれ、カップル?」
よく見ると、女性が一人で歩いているわけではなく、誰かに負ぶわれているのだと分かった。カップルなんて確証はどこにもないが、近づいてみると、浴衣の尻の下からジーンズの足が伸びているのが見てとれた。
「あの二人、電車に乗りそびれちゃったんですかね」
「かもな。トンネルの出口まで乗せてってやるか。あいつらの横に付けるから、おまえ声掛けてやれ」
「え、あ、はい。てか、どうせなら家まで送り届けてあげればいいのに」
「馬鹿。荷台に人載せるのは違反だぞ。警察にでも見つかったらどうすんだ。なに、あのトンネル抜けて下道に降りたら、次の駅はすぐだ」
もしかして、あの二人が見えたから先輩はそのまま直進したのだろうか。この人にも親切心ってあったんだなと思いつつ、先輩がブレーキを掛けたのにあわせて、俺は助手席のドアを開けた。
俺たちが追いついた時、二人はすでにトンネルの中に入っていた。トンネルは上りと下りで別れており、それまでは対面だった道路も、トンネル内は片側二車線のみになる。トンネルの少し手前に公衆電話があり、その横から細い道が延びているのが見えたので、彼らはそこからこの道に上がって来たのだろう。中は古く、灯りも飾り程度にしか用をなしていなかったが、ちゃんと歩道もついていた。
やはりカップルなのか、浴衣の女性を背負っていたのは男だった。俺は二人よりトンネルの奥側に降り立ったので、入り口にあった外灯が逆光になって二人の顔はよく見えないが、たぶん俺たちとそう変わらない年齢だろう。
「あの、荷台で良かったらどうぞ。このトンネルの出口までなら送ってもいいって運転手が」
不審げに二、三歩後退した男に、にっこり笑って軽トラを指す。
男は顔を振り向けて、背中の女性を見た。俺の方に顔を向けていた女性も、連れの視線を感じたのか、男と顔を見合わせる。
不審者だと思われたのかもしれない。俺はちょっとムッとしたが、バイパスで車を降りてくる奴なんてそうそういない。しかもこんなに車通りが少なく薄暗いトンネルで声を掛ければ、そう思われても仕方がないと思い直した。
「別に怪しい者じゃありませんから。って言うほど怪しく見えるかもしれないけど。俺は……」
そう言って俺が自己紹介をしようとしたら、男に「そういう意味じゃないんです」と遮られた。
「すいません。変質者だとか思ったわけじゃなくて、その、知り合いだったかなとか……」
言いながら、また背中に顔を向ける。彼女の元彼だとか思われているのだろうか。
「違うと思いますけど」
女性も俺に同意するように、ふるふるとかぶりを振っている。彼女が首を振るたびに、結い上げてある髪から垂れた遅れ毛が男の頭の上でふわふわと揺れ、鈴の音がした。手に下駄を持っているから、履き慣れないもので足を痛めたのかもしれない。
男は俺と彼女を交互に見ていたが、彼女に何か耳打ちをされて、意を決したように俺に向き直った。
「じゃあ、お願いします」
彼女が頼もうとでも言ったのか、男がそう言い、二人は揃ってぺこりと頭を下げた。
つづく
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お久しぶりすぎてどうしましょう。
サイトにそのまま載せようかと思ったんですが、ちょっと不安なので一旦こっちへ。
ずっと書きたいと思っていたトンネルネタ。
このシリーズにしては長くなったので、4回ほど続きます。
よろしければお付き合いください。
<はじめましての方へ>
6.5となってますが、他のを読む必要はまったくありません。
シリーズものですが、一話完結型ですので。
ちなみに、ちっとも怖くないオカルト(ホラー?)ものです。