キミのそばで星を見よう・・・
その丘には、柔らかな若葉がサワサワと揺れ、色とりどりの花たちが、キラキラ咲きこぼれていました。甘い匂いに引き寄せられるたくさんの蝶たちに混じって、その鳥は空を見上げていました。海がオレンジ色に染まり、水平線がゆっくりと星空に消えていくまで、気付くと彼はずっとそこにいました。彼の視線の先には、いつも一羽の鳥がいました。雲ひとつない青空のキャンバス、自由自在に真っ白な線を描く、それは、彼にとっての憧れであり、夢でした。そんなある日、彼がいつものように丘でその鳥を見つめていると、驚いたことに、こちらに向かって飛んでくる様子です。「こんにちわ」白い鳥は彼に声をかけました。「こんにちわ」彼は、自分が見ていたことを気付かれて怒られるのではないかと、ドキドキしていました。「私ね、いつもあなたを見ていたの。」思いがけない言葉でした。「あなたがここで空を見上げるのを見ていて、いつか話しかけにきたいっていつも思ってたの。素敵な鳥さん、唐突でごめんなさい。私とお友達になってもらえませんか?」「ボクでよかったら、喜んで・・・。」「ホント?嬉しい!ありがとう!!」白い鳥のあまりの喜びように戸惑いながらも、それは夢のような出来事でした。それから二人は、色々なことを話しました。不思議なほどに、二人の気持ちはとても似ていて、伝えたい気持ちは、いつでもすぐにわかりあえました。こんなにラクでいいのかなぁ、時々、そんなふうに思うくらい。悲しい気持ちも、嬉しい気持ちも、互いを愛しく思う気持ちも。たまに違う習慣があったとして、異なる常識に出逢ったとしても、二人にとって大事なことは、「相手を悲しませないこと」自分を分かって欲しいという前に、お互いが相手を思いやり、気持ちに寄り添おうとすることで、二人はいつも幸せでした。無理をしなくていいこと。いつも笑っていられること。イタズラ好きな二人は、時々途方もない空想をして大笑いしました。ワクワクする夢を、いつも話しては笑っていました。そんなある日、白い鳥は、ふと彼に言いました。「ね、一緒に飛ばない?」二人のデートは、いつも丘でした。空を飛ぶことも忘れて、はしゃいでいたから。「飛ぶ?無理だよ。飛んだことないもの。」「無理なことはないんじゃないかなぁ。だって、鳥なんだから。羽根もあるし、ね。私が教えてあげるよ!」その日から、白い鳥は飛ぶことを教え始めました。羽根の動かし方、足を地面から離すタイミング、顔の角度・・・でも、何日たっても飛ぶことはできませんでした。白い鳥が一生懸命になればなるほど、彼は飛べない自分を恥じ、悲しい気持ちになりました。自分は、もしかしたら彼女を苦しめる存在なのではないだろううか。自分がいなければ、彼女はもっと自由にどこへでも飛んで行けるのではないだろうか。飛ぶことすらできない自分より、もっと彼女にふさわしい立派な鳥がどこかにいるんじゃないだろうか。ある日、彼は姿を消しました。白い鳥が、何度も何度も彼の名前を叫びながら丘を飛び回る姿を、岩場の陰で泣きながら見つめていました。その日は、朝から灰色の雲が立ちこめ、海はいつになく波が高く、動物たちはみんな身を潜めていました。お昼過ぎになって、ついに嵐になりました。波は荒れ狂い、空からは幾つもの雨の粒が、海に突き刺さるように降り注ぎました。岩場の陰で、そっと身を潜めていた彼は、ふと波間に見え隠れする白い塊に目を止めました。「あ、あれは!」それは、あの白い鳥でした。彼は迷うことなく、海に飛び込みました。短く堅い羽根を器用に動かし、波をかき分け泳ぐ彼は、視線の先の彼女から決して目を離すことはありませんでした。星空の下、白い鳥は目を覚ましました。月明かりの下、彼の顔を見上げました。それは、彼が今まで見た、一番幸せそうな彼女の笑顔でした。飛ぶことができないんじゃない。彼の個性は泳ぐこと。しっかりとした水かきは、波を蹴り上げ素早く海中を進むため。ふたりにとって大事なことは、できることが同じであることではないんです。できないことを恥じる必要もないんです。「キミのそばで星を見られることが、こんなに幸せだなんて・・・」白いカモメは歌いました。心を込めて・・・。ペンギンの彼は、静かに聞いていました。彼女のすべてを抱きしめるような、優しい優しいまなざしで。