回想録ー今につながる思い出ばなし編ー
デビューの頃の事を最近鮮明に思い出したので、その事を記しておこうと思う。養成所を卒業してプロダクションのオーディションを受けた。私の出た養成所は、そのプロダクションの付属だったので、その道がついている。でも、プロダクションには皆が入れる訳じゃない。ほとんど入れない。特に私の期は少ないだろうと前評判だったし、私は劣等生だったので、先は全く見えない状態だった。先輩方から聞いていた通知が届く日あたりになっても音沙汰無しで、やれる事はすべてやったし、ダメなら踏ん切りつけて就職しようと、就職先を探しつつ関西の実家に帰郷していた。そんな時に届いたプロダクションからの封書。薄っぺらい封筒一通。大学なんかの合否通知は、ぶ厚いと合格薄いと不合格なんて定説があるし、コリャやっぱりダメだったかと封をきる。合格した旨と事務所へ挨拶に行く日程と地図が収まっていた。合格!何か実感の伴わない喜び。でも、喜びが実感に変わる迄かみしめてる時間がない。挨拶に行く日は4日後だった。4日後までに再上京しなくちゃいけない!今でもすぐ一杯一杯になっちゃう私だけれど、10代の私は更に一杯一杯!郷里でお世話になった知人友人にバタバタと挨拶回り。準備に追われてナニガナンダカ状態。上京してドキドキ緊張しまくりの中、事務所へ挨拶へ行き、改めて一人暮らしの準備に追われ…。ひと心地ついて養成所に挨拶に向ったのは、合格通知を頂いてから1週間を少し過ぎた頃。「なんですぐに連絡して来ないんだ!」そう言ったっきり、塾長先生はその後口もきいてくれないくらい怒ってた。何で?どうして?上京者の私はこの一週間目が回るくらい大変で、いっぺんに新しい事が押し寄せてきてテンヤワンヤで、精神的にも喜びと不安…希望と恐怖…そんなこんなの全く余裕のない状態。それでもお世話になった養成所に、必死で時間つくって挨拶に来たのに。直接、先生の顔見てお礼が言いたくて必死にやって来たのに!付属養成所なんだから事務所からだって連絡来てて分かってたでしょ!これだけ関わって来たんだから、私が上京者で大変だってことも分かってたでしょ!器のちっちゃいオッチャンめ!不条理一杯だったけど、上が言う事には従うのが世に常だろう。もう学生じゃないんだから耐えろ!そう言い聞かせて許してもらえるまで、自分の時間は後回しにして毎日のように養成所へ通い雑用等を手伝った。一ヶ月ばかり経った頃、やっと話してくれるようになった塾長先生が、「お前は生き方が不器用だから心配だった。 その心配が的中したかのような事だった。 俺はね、お前が事務所へ入れる事は分かってた。 案の定、事務所からお前が通った事を知らせてきた。 でも、他の合格した人間が喜んで電話してくるなか、 お前からは音沙汰がない。 これからお前が仕事をしていく業界はね、人の縁で成り立ってる。 縁で仕事をしていく。縁で仕事を頂く。 事務所から合格の連絡があれば、俺からもお礼を言うのが礼儀だ。 実績のない者を預かって頂くというのは、本人の力もあるが、 事務所としては俺への信頼もあって引き受けてくれる訳だからな。 ところが本人から連絡がない。 本人がどういう心構えでいるのか分からない状態で俺が何を言える? 後回しでいいやというような関係の人間が、相手に対して そいつをどう紹介する? 直接伝えたいって気持ちは分かるが、伝える手だてがない訳じゃない 電話一本で伝えられるような事すら手を抜くのはどういう事だ? そう思われても仕方がないんだよ。 プライベートな関係のみであれば、まぁいいかで済ませられても、 これから仕事をするんだよ。 多くの人が関わって1つの物を作り上げる仕事だから、 自分の事しか見つめない人間が関わると、何かあった時に 多くの人に迷惑をかける。 人それぞれに色んな感情があって、色んな事情があって、 そんな事は当たり前だろう? そんな中で縁あって仕事をしていくのだから、 そんな中でも縁を大切に、それを表現できなくてはこの業界の仕事は やっていけない。 自分の縁も他人の縁も、 全て大切にしていくのは難しくて大変な事だがね、 プロとしてやって行きたいのであれば、大切な事なんだよ。 役者は生涯勉強だ。それは演技だけの事ではないし、 また学んだ事は全て演技にも繋がる。 しっかり勉強して生きなさい。」………とおっしゃった。塾長先生は、情があるから怒ってた。私の行為を切なく情けなく感じられてた。でも、情があるから憎まれ役の大きな壁になって、私にとても大切な事を教えてくれた。今でも親しい友人や先輩に「生き方が不器用」って言われる私。だから、亀の歩み寄りノロノロとしか成長出来ていないのかも知れない。縁を大切にしすぎて、変な噂立てられたり…感謝してるのに上手く伝わらなかったり…言い過ぎたり…言わな過ぎたり…1cmづつくらいは進みたいのに、1mm、2mm…5mmで手一杯くらいな私を、理解してくれる人理解してくれない人、努力して理解してくれる人と色々。信頼や愛情を得るのにはとても時間がかかるのに、無くすのは一瞬の事。また取り戻すには、またとても時間がかかる。人の心は機械じゃないから簡単にはいかない。初めてのレギュラーを頂いた時、忙しくて養成所に足を運べなかったので、とにかく電話した。「収録始まっても下手すぎて降ろすかもしれないぞ!なんて 脅されつつではありますが…初レギュラー頂きました!」「そうか!おめでとう!よかったなぁ!」塾長先生から、本当に本当に嬉しそうな声がかえってきた。「ありがとうございます!」何で「ありがとうございます」?何故か「ありがとうございます」の気持ちで一杯になったから。