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テーマ:闘病日記(4014)
カテゴリ:ALS闘病?記
NHKの記者さんがディレクターさんを伴って取材に来ました。 10月にALS患者の照川さんが「意思疎通ができなくなった時は人工呼吸器を外してほしい」という要望を出したことに関連して、照川さんの周辺のALS患者に話を伺っているということで、先日の交流会で会ったわたしを訪ねてきたということでした。 同じ病気の患者として照川さんの気持ちは良く分かるし、彼の考えを否定するつもりもありません。 一応、わたしの立場としての考えを話させてもらいました。 今回取材を受けた中で強く思ったのは”生”とは?、”生きている”ことの意味とは何か?ということ。 心臓や呼吸が動いていれば肉体としては生きているのだろう。 しかし、自分の意思で体を動かすことができずに正常な思考を持った状態で外部への意思伝達がいっさいできずに機械で生かされている肉体に閉じ込められたら。。。 わたしがそうした状況になったら、わたしという精神を保っていく自信が無い。 健康であったときは、生きているとはどういうことかなどあまり真剣に考えることがなかったような気がする。 それは、生きることが当たり前だったから。 ALSになった今は”生”を真剣に考えている。 答えはまだ出そうにない。 神のみぞ知ることなのだろうか。 神は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり,もはや死はなく,嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものは過ぎ去ったのである。(ヨハネによる啓示 21の4) その時が来ることを信じています。 それまで、わたしの”生”が続くことも。。。 [by NAGたま] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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