ショパンの幻想即興曲

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2019年06月10日

カテゴリ：ピアノ

高校2年生になって、3年生は受験勉強のため、クラブ活動の主体は、2年生にバトンタッチされます。岡梨奈孝至はこの4月から、音楽部の部長に就任。とは言っても、体育系の部活動とは違って、みんなで仲良く音楽部で楽しもう、といった雰囲気のほうが、強く支配していました。

5月も末になると、春の文化祭で、バレーはクラス対抗戦で、みんな競い合い、合唱もクラス対抗で歌うのです。

音楽クラブは、演劇部と並んで、講堂で合唱やピアノ、ヴァイオリン、当時はマリンバの上手な子がいて、それは素晴らしい演奏でした。その子は、その後マリンバの道を歩むことになります。

音楽部には一年生のピアノが上手な子がいて、春の文化祭では、ショパンの幻想即興曲を弾くことになっていました。

ところが、折あしく、ピアノ演奏の前日に、バレーのクラス対抗戦があり、その、ピアノが上手な子も、クラス対抗選手として、バレーの試合に参加していたのです。ご存じのように、バレーボールは、指先にずいぶん負担、大きな力がかかり、翌日はうまく字が書けなくなるくらいのことが、あります。

そしてその翌日、幻想即興曲の演奏を控えて、その子は音楽部の部長の岡梨奈孝至に、今にも泣きそうになって、
「どうしよう。指が全然動かないんです。昨日のバレーで頑張りすぎて、指が硬くなってしまいました。どうしよう、どうしよう。」
もうすぐ順番が回ってくる時に及んで、です。

「Aさん、大丈夫、大丈夫。昨日もあんなにしっかり弾けていたから、弾きだしたら、指が自然に動いてくれるくらい、練習してこられたでしょう？いつも幻想即興曲が、音楽室から、聞こえていましたよ。あれくらい弾けるのだから、大丈夫。きっとうまく弾けると思うよ。」

A さんの背中に手をかけて、一生懸命励ます岡梨奈孝至。
「頑張って弾いてらっしゃい！」
少しずつ心配が薄れてきた様子で、Aさんは、観念したように、ピアノに向かいました。

そして最初の音が、講堂中に響き渡り、あとは、Aさんが弾いている、というより、何者かの力で、弾かされているような、それは素晴らしい幻想即興曲を、弾き終えたのです！

「良かった、良かった！素晴らしかったよ。みんなしーんと聴き惚れていたよ。」
私がねぎらったその時は、もう平静さを取り戻した、いつものA さんに戻って、にっこり笑っておられました。