タイタニックの『愛のテーマ』～オルフェウスの世界～

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2023年07月18日

タイタニックの『愛のテーマ』～オルフェウスの世界～

カテゴリ：オカリナの愉しみ

ギリシャ神話に登場する竪琴の名手、オルフェウスが、太陽神アポロンから授かった金の竪琴を奏でると、鳥獣はもとより、木石までそのメロデイに惹き寄せられていった、といいます。

オカリナを吹く人は、経験されているお方もいらっしゃると思いますが、ひとり山里でアカペラでオカリナを吹き始めると、途端に小鳥達が囀り始めることが珍しくありません。オカリナの音色は、小鳥の鳴き声に一脈通じるところが、あるのかも知れませんね。

このオルフェウスの音楽の真髄が、のちの西洋音楽のみならず、西洋芸術の精神のよりどころとなって、発展していったそうです。
その代表作品がグルックの歌劇『オルフェウス』で、その中に出てくる『精霊の踊り』はあまりにも有名です。

以前にもブログで触れましたが、ギリシャ神話のこのオルフェウスの音楽の世界から端を発する、西洋芸術の精神のよりどころについては、西洋音楽を志す音楽大学の学生の講義で、必ず出てくるのかな、と想ってお聴きしてみたら、東京芸大出身の知人は、『初めて聴いたお話だ』というお返事です。とても真面目なお方ですので、オルフェウスのお話の時に、授業に出ていなかった、といわけでもなさそうです。

もちろんギリシャ神話に登場するオルフェウスの音楽の世界は、音楽の持つ大きな力、聴くヒトを大きく揺さぶり、動かす力を比喩的に誇張したものですが、この『音楽の持つ大きな力』は、いろいろ形を変えて、長い演奏活動の中で、いちどは私達演奏家が、遭遇するようです。

先日、合唱を続けてこられた高校時代の音楽部の男声の一人から、こんなお便りをいただきました。
『幼いころから腎結核を煩っていた矢澤宰之が、21歳と10カ月という短い生涯を終えるまでの７年間に、５００以上も詩作をしました。中学生のころ、特に『さびしい道』が好きで、２５年以上経って、その曲を合唱で歌えることの不思議な縁に、身震いするほどの感動を覚えたものです。岡梨奈さんはそういうような経験がおありですか？』

そういえば、オカリナの演奏活動を始めて３年目に、タイタニックの『愛のテーマ』を演奏した時のことです。
二番目のフレーズに入ると、ホール全体が静まり返り、沈んだタイタニックの乗客を捜索する暗い冷たい海原のように、哀しい静けさと凍り付くような冷たさに包まれる中、漕ぎ行く捜索ボートのカンテラの明かりが、たよりなげに揺れる情景そのものが、眼前に再現されたような錯覚を感じた経験があります。

「私は今、夢を見ているのだろうか？」

黒野宏通さんの物悲しくも切ないギター伴奏に乗せて、オカリナの『愛のテーマ』が響き渡る哀しい中にも、神すら感じさせる妖しささえ持つ音色が、この世のものとは想われないように感じたのです！そこで演奏している自分自身は至って冷静で、大脳皮質は透き通るような鮮明さを感じるのでした。

その大脳皮質の鮮明さが、かえって眼前に展開されている、哀しい深刻な幻覚のような世界とは極めて不釣り合いで、私には不気味にさえ想った程です。もちろん、その時の演奏は、自分で言うのは憚られるのですが、ほぼ完璧に吹き終えることが出来たのです。

これを知人のひとりで女流ヴァイオリニストのお方にお話したら、「私はオルフェウスのお話は初めてお聴きするのですが、、あるコンサートで演奏していて、自分自身演奏が非常に盛り上がった時に、ホールの中の椅子が全部、私の演奏に共鳴して，音楽に合わせてガタガタと揺れ、踊りだした経験があります。

もっとも本当に椅子が揺れて踊っていたわけではないんでしょうけれど...........その時の情景が、記憶としてとても鮮明に焼き付いているのです。私の場合も、その時の演奏は、自分でも不思議なくらい、完璧に近い演奏が出来たのですよ。」

数多くコンサートを重ねていますと、どの演奏家もこの種の経験はお持ちなのかも知れません。私はそれほど多くもない演奏活動で、経験しましたが.............

そういうエピソードでの共通点は、とても興味深く想うのですが、演奏者自身は至って冷静で、第三者としてその情景を観察し、鮮明に記憶している点です。そして演奏そのものは、素晴らしい出来栄えなのです。

「私も同じような経験があります。」と、お心当たりのおありのお方が、少なからずいらっしゃると思います。