[小説]赤いマーカーペンの無法地帯
斎木先生から夜中の3時にメールが届いた。「日本語学校を退職させてほしい」昨日第1回目の授業をしたばかりだ。斎木先生は10数年前に日本語教師の資格を取って、1年くらい教えたことがある。その後は保育園で保母をしていた。日本語教師としては10年ぐらいブランクがある。彼女が以前教えていた頃は中国や韓国の学生が多かったそうだ。ベトナム人もいたことはいたが、今ほど多くなかった。退職の理由はこんなところだ。「学生が言うことを聞かない。教科書も開かない。注意しても、おしゃべりをやめない。とても続けていく自信がない」うちの学校で一番多いのはベトナム人で、次がスリランカ人、7月には中国人も入ってきた。休憩時間どころか授業中も各国語が乱れ飛ぶ。「うるさい」と言ってもなかなか止めない。静かなのは寝ているときだ。アルバイト疲れから授業中熟睡する者もいる。クイという女子学生で、一番前の席で2時間以上死んだように眠る。授業が終わったとき、本当によく寝たというような顔をして起きる。水曜日の午前のクラスでいつものようにクイが寝た。学生が前に出て、ホワイトボードに漢字を書く課題をやってるとき、ある学生が赤のマーカーペンで顔にヒゲのようなものを描いた。全然起きる気配がないので、他の学生も次々とマーカーペンを取って顔にいたずら書きをした。クイの顔には赤い吹出物がたくさん出ていて、あまりマーカーペンの赤が目立たない。黒のマーカーペンで描かなかったことが武士の情けか。でも、これでは無法地帯ではないかと思って、それ以上描くのをやめさせた。