カテゴリ:宮城
雄藩という語は、解説によると2通りの使われ方があり、ひとつは江戸時代の規模の大きい大名、具体的には加賀、薩摩、仙台など。もうひとつは、藩政改革に成功して幕末に勢力を発揮した薩長土肥などを指していう、と解説にある。 当ジャーナル編集長はかねてから、仙台の人が雄藩(東北の雄県)と自称する意識構造を気にしつつ、他地域と異なる仙台の(守旧的・閉鎖的・排外的ともいえそうな)文化特性を多角的に研究してきた(と胸を張るほどのものではありませんが)。 雄藩の語に関しては、一般には幕末・維新の歴史を彩る西南などの諸藩をいうと思うが、仙台では大藩伊達藩の誇りを今なお称揚して、或いは維新の「主役」だった薩長への忌避感もあってか、400年前の三大外様大名の存在感を現在に投影して、東北の雄県などと言って見せる。しかしながら経済産業や人材育成の面でどれだけ「威光」に劣らない努力をしてきているのかが実は大事なのだが。 ■過去の記事 仙台・宮城と雄藩(雄県)を考える(2023年02月26日) ところで、下記書籍を読んでいた。幕末史の見方が、ちょっと前までの通り一遍の倒幕史観から、実証的研究を経てだいぶ変わっていることが面白かった。「雄藩」の語はたしかに公武合体や攘夷を唱えて動いた諸藩を指して記述のなかにさも自然に登場する。ただし、その路線は一致していたわけではなく、各藩の立場は極めて多様でかつ時点を追って変わっていく。また、列藩同盟の内部の対立なども新たな視点で捉えられそうだ。 歴史は奥が深い。すべての歴史とは現代史である、とはクローチェの言だったと思うが(磯田道史が書いていた)、現在にいきる我々がよく学び直そう。 ■文献 小林和幸編著『明治史研究の最前線』筑摩書房、2020年 ■関連する過去の記事(仙台・宮城の県民性や歴史認識などに関しては、下記以外もあります。フリーページ記事リストをご覧ください。) 仙台・宮城と雄藩(雄県)を考える(2023年02月26日) 三柄大名(07年8月17日) 見透かされた「大藩仙台」の空虚なる風土(06年4月2日) 仙台・宮城人怠け者論を考える(09年11月11日)(明治末年の出来事) 仙台・宮城の気風を再び考える(06年7月3日) 肝付兼武のこと(06年6月13日) 仙台文化を理論的に解明?(06年2月17日) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.08.03 18:33:11
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