どうしようもない厭世観にさいなまれている。出口がみつからないのだ。今日は母のいる老人ホームへもいかなかった。父と一緒に行動したくなかったのだ。ひとりでいたかった。家の中では父がビール性のつよい汗のにおいをいっぱいに発散させ、私は窒息しそうなのである。この老人が死ぬまでどうやって付き合っていったらいいのかを考えるだけで鬱だ。もっというと葬式がいやだ。死後の後片付けがいやだ。私のほうが先に死んでしまいそうなのである。希望が見つからない。なにか、将来においていいことってこの先あるのだろうか。私の絶望は統合失調症で人生を絶望したタカハシさん(病院にいた人)に近づいてきた。
先週の予定では病人でいるのは、今日までであった。明日からは就職活動をして前向きに生きなければならない。だが、入院前にすっかり戻ってしまった私の簡単な解決策は再入院だ。だが、主治医はもう、そうそうには勧めないだろう。1回やったんだから。それなりに成果を出さないと、というか、医師としても成果を出してもらいたいところだろう。だが、オヤジはTシャツを替えようとはしないのだ、確信的に。
オヤジと同居しながら、うまく人生を生きていく方法、なんかないかしら。
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