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カテゴリ:不登校
「いいかね、戦前の義務教育にも、戦後の義務教育にも学校に“行けない”子どもはたくさんいたのだよ。もしかしたら、現在の不登校者よりも多かったかも知れない」
「意外ですね、不登校は最近の問題だと思ってました」 「最近の、ここ30年くらいに出てきた問題だよ。それまでも、不登校の子どもはたくさんいたが、さほど問題化されてなかったんだ」 「どういうことですか?」 「昔は、学校に行かない子どもがいても、それが異常とはみなされていなかったということだよ」 「いまは異常あつかいですものね」 「昔は貧しさゆえに、働く子どもが少なくなかったし、家業を継ぐために仕事の修行をしている子どもも少なくなかった。親もこの子は、将来職人になるのだから、余計な学問はいらないと行かせない親もけっこういた」 「いまはそういう親はいませんねえ」 「もともと日本人は、教育熱心な民族性を持っていて、江戸時代の貧しい家庭の子どもでも読み書きそろばんの塾に通わせていたんだよ。そして親も、家庭教育をしっかりやっていたんだ」 「それがいまは違ってきていると?」 「親は我が子の教育の権利も責任も、学校に押し付けるようになっていった。さらに学校だけじゃだめだと、塾や予備校にお願いするようになった」 「それは仕方ないでしょう。その方が進学に有利ですし、親だって忙しいんだから」 「そう、それが時代の流れというものだ。その時代の中で、我が子が学校に行かなくなると、親はたちまちパニックになってしまう。そしてどうなると思う?」 「そりゃあ、親は困るでしょうねえ」 「そう、困るのだよ。横一列が大好きな日本人は、自分がひとり外れてしまうのを異様にいやがる傾向がある。そして親は不安になり、『子どものため』と思いながら、問題をどんどん煽り立ててしまう。肝心の子どもは置いてきぼりだ。親としては、子どもが学校に戻りさえすれば問題解決と思ってしまう」 「子どもを置いてきぼりにねえ……」 「ほとんどの子どもは親が大好きで、親の顔色に敏感なんだ。その親が自分のせいで不安になっているのを見逃すはずがない。不安になっている母親が心配で、親から離れられないという場合もある」 「そんなことってあるんですか」 「それだけじゃない。むしろ親が心配するからと思い、無理をして行きたくない学校に、無理をして行く子どももいる。親を守るために行くんだね」 「逆に子どもが親を心配してるってことですか」 「しかし、そういった子どもの多くは息切れするんだよ。子どもによっては心身症などの病気になって、本当に学校に行けなくなる場合もある」 「親の学校依存症が、子どもに影響を与えるということですね」 「子どもというのは、本来、同年齢の友だちと一緒に遊びたいものなんだよ。これは本能だ。学校に行けなくなった子どもがいれば、無理をせずに休ませてあげた方がいい。休んでいるうちに友だちを求める気持ちが強くなってくる」 「でも、イジメとかに合っている子どもは、学校に戻ってもまたいじめられるんじゃありませんか?」 「そういうこともあるだろうね、それがくり返されていくと、本当に学校に行けなくなるので、親や社会がよく配慮をしてあげた方がいい。いまは適応指導教室やフリースペース、フリースクールといった場所もあるから、それを利用するという方法もある。それと、親自身も自分の生き方を考えなおし、子どもを縛っていなかったか? 自分で自分を縛っていなかったか? と自問自答をしてみるといい」 「学校依存症を考え直せってことですね」 「学校依存症は、日本の国民病だよ。だからこそ、学校に依存するのではなく、むしろ学校を利用するくらいの気持ちがあった方がいいと思うけどね」 (完) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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