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カテゴリ:感じる
目の前の料理に毒が入っている、またはそれ自体が毒である場合があります。
つまり食べれば命が尽きるということです。 ところが、その摂取量にもよりますが、一命とりとめる軽毒と手の施しようがない猛毒があります。 また、毒に対して抵抗のある人もいます。 毒に漬かり切っていると、かえって毒でないと助からない場合もあります。 プラセボの話ではありませんが、毒であるか否かはケースバイケースで、もしかしたら自分の思い込みが毒になりえるということではないかと。。つまり毒ではないモノを毒だと言われ食べさせられて命失ったとか。。 何気なしにかけた言葉で傷つく人もいれば、それで喜ぶ人もいるでしょ。十分考慮して選んだ言葉でも誤解されてしまうこともあります。どんな言葉を使っても、相手には伝わらないものです。相手の言葉を使わないと全くレセプションしてくれないのですね。 何度も声をかけて伝えていたはずなのに、「どうしてもっと早く私に教えてくれなかったの」とか、「知らなかったわ、誰も言ってくれなかったから」ということを他人さまが平気で言うのを聞くと、辛く感じるのではないでしょうか。。 ちゃんと伝えたから相手がわかっていると思い込んでしまうのですが、自分さえよくわからないってことがやっぱりわかっていないようです。「わかる」というのは、同じ波動になっているという感覚にすぎません。学校で「成績や出来の悪い」生徒がいても、教師がその子の波動に同調してやればいいだけで、その生徒にとってはいい迷惑ですね。それで「ダメ」と消印を押されてしまいますからね。出来ないのは教師のほうです。 ちなみに目の毒というのがありますが、口や耳の毒もあり、「見ざる聞かざる言わざる」という言葉を想いました お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024年06月24日 19時58分41秒
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