テーマ:ただ思うこと・・・(560)
カテゴリ:私のこと
家族が好きか?
そう聞かれたら、以前の私だったら返答に困ったかもしれない。 好きか嫌いかといわれれば好き、でも全面的に好きかと聞かれたら なんて答えたらいいんだろう、とごまかしてしまうようなところがあった。 もちろん、ここで言う家族とは、自分の生まれ育った家族のこと。 私がそう思う理由はいくつかあって、それをすべて書き連ねる気はないのだけれど ひとつに親の愛を信じ切れなかったことが一番大きかった。 本当に私は愛されているのだろうか、という不安。 私の母はいかに自分が子どもを愛しているかという話よりも、その逆に 受け止められる話を好んでする傾向があったように思う。 馬鹿みたいと思われるかもしれないけど、小学校の低学年くらいから何度も 繰り返し聞かされた 「赤ちゃんの鼻水を吸い取る親がいるんだってね、お母さんには絶対できなかったわ」 「あなたが小さいときはお兄ちゃんが目が離せない時期で、ずっとベッドに 一人で放っておいたの。 そしたらあなたはお気に入りのタオルケットがないと寝られなくなってね、 チュッチュってそれを呼んで、新幹線の中まで持ち歩いてそれは大変だったの。 ずっと引きずっているから汚らしくってね」 「小さいときお兄ちゃんは本当に可愛くて、写真もどれをアルバムに貼ろうか 迷うくらいいっぱい撮ったけど、あなたは可愛くなくてね、枚数もないから しょうがない、これを貼っておくかって写真しかなかったわ」 これらの話はほんの数例。 きっと母にとっては軽い笑い話のつもりだったんだと思う。 この手の話をするのが楽しくてたまらないみたいだったから。 けれどもこれらの話を聞くたびに、私は一緒に笑いながら心のどこかがズキズキ 痛むのを感じていた。自分がいらない存在に思えて仕方なかった。 そうか、小さな私が鼻水で呼吸が苦しくても助ける気がなかったんだ、汚いから、 そうか、私は汚らしくって一緒にいるのが嫌だったんだ、 そうか、そんなに私は可愛くなかったんだ、不細工でみっともなかったんだ、 何度も何度も思い知らされている気がした。 母から抱きしめられた記憶がほとんどない私。 幼稚園くらいのときに一度抱きしめられたかな、という程度。 ほめられた記憶もほとんどなく、ましてや「好きよ、大事だよ」と言われた ことは一度も覚えていない。 子どものときに母にもたれかかったら「なに甘えているの、気持ち悪い」と 言われたこともあった。 母は私を愛していない、むしろ嫌っている、憎んでいる。 自分自身の根底にどっしりと根を下ろしたこの考えは、大人になっても消える ことはなく、何かのきっかけでふと顔を覗かして私を苦しめた。 母から愛されていない、そう思っている私は些細な母の一言一言に過敏に反応し、 その反応がさらに母からの余計な一言を引き出して、ますます苦しかった。 はずかしいことに、この気持ちはごくごく最近までずっと引きずっていた。 吹っ切れたのは30代半ばになってから。 本当の意味で吹っ切れたのは自分が子の親になってから。 母は母なりに一生懸命だったんだと分かってから。 親になった私が思うのは、 そのくらい子どもにとって親の言葉は影響がある、ということ。 子どもは親の所有物じゃない、別の人格を持った人間なんだ、ということを 決して忘れてはならない。 そして、どんなに親が子どもを大切に思っていたとしても、子どもが親を 求める気持ち以上には決してなれない、ということ。 私たちの親の世代は「愛」の表現が下手な世代なのかもしれない。 母との関係に悩んでいたことを知った友人がメールをくれて、そんな思いを 抱えていたのが自分だけでなかったことを知った。 そして最近読んだ本、 途中、あまりにも自分の感覚と似通っている部分が苦しかったけれど、 読み終えて、そうかやっぱりそうなんだ、と不思議にすっと胸に落ち着いた 感覚があった。 若かったころは、決して母とは分かり合えないと思っていたけれど、やっと 今になって分かる部分が出てきた。 この年になって遅いけれど、それでも少しでも分かることができたのが うれしい。 そして最近の子どもが親を殺してしまった事件を思う。 親の愛に飢えていた少年、親の愛が信じられなかった少年。 取調べのやり取りで母の愛を知って涙したと聞く。 きみも苦しかったんだよね、でもいずれ分かるときが来たかもしれないのに。 あまりにも短絡的に結論を急いだ彼の姿に胸が痛い…。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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