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テーマ:■ムービー所感■(484)
カテゴリ:日本映画
高台に豪邸を構える製靴会社の専務・権藤(三船)の子どもと間違えられて、運転手の子どもが誘拐される。身代金を要求する知能犯の医学生(山崎)と警察との、行き詰る攻防が始まる―――。 ウワサどおり、サスペンス映画の名作だった。いつものことながら、長尺が苦にならない黒澤監督。 豪華な出演陣それぞれに見せ場があって、人物の心理描写はとても丁寧だ。 老年となり貫禄ある名優となった仲代達矢や山崎努の、若き姿と演技が感慨深い。すでにギラギラと光るものを見つけるにつけ、なぜだか嬉しくて。山崎努は昨年の『おくりびと』がすごく良かったっけ。 高台の豪邸で不自由ない暮らしをしている権藤を憎む犯人は、誤って運転手の子どもを誘拐するが、それに構わず身代金3千万円を要求し続ける。奇しくも、製靴会社を我が物にするため用意した5千万の小切手が、権藤の手元にはあったのだが・・・。 社会的な立場と一家の暮らしを守るか、人命のためにすべてを犠牲にするか。 身を切るような選択を迫られた権藤が出した答えは、運転手の子どもを救うため、犯人の指示に従うというものだった。 戸倉警部(仲代)の指示の元、周到な犯人が現金受け渡しの場所に選んだのは特急こだまだった。 走る列車の窓から、人質の少年を確認し、金の入った鞄を投げ落とすまでの、緊迫した一連のシーンが素晴らしい。8台のカメラで、車内を駆け回る刑事たちの動きを捉えたのだそうだ。 結局、犯人はまんまと金を奪い逃走するが、少年は無事に保護される。 そして後半からは、犯人逮捕にむけての警察の捜査が描かれていく―――。 5千万円用意できなかった権藤は会社での地位を失うも、新聞には美談として語られ人々の同情を得ていた。事件後、人間的な変化をみせていく様子が見事だ。 豪邸のなにもかもが抵当に入り惨めな暮らしとなっても、愛する家族と新たな人生を歩もうとする真摯な姿が、控えめな三船敏郎の演技から滲み出ていて巧い。 犯人逮捕への捜査の様子も丹念で、後半に入ってからも目が離せない。 ホシに迫っていくうち、荒んだバーや生きる屍と化した麻薬中毒者たちが現れ、退廃した人々の生活が巧い具合に飛び込んでくる。 彼らと権藤の暮らしを比べれば、まさしく天国と地獄だ。 でも単に金持ちか貧乏かではなくて、精神の腐りきっている人間こそが地獄に位置するもの、としてでてくるのだ。必要悪でも、社会悪でもない。 犯人が権藤を憎んだのも、自らの屈折した過去でもって精神を腐らせたからだ。 その過去さえ語らず死刑になってしまう犯人を、どっしり見つめてその言葉に耳を傾けた、権藤の姿が印象的。 二人の間の、人間的な隔たりがあまりに大きすぎる・・・。 なんだか悲しい幕切れだった。 忘れちゃいけない特筆すべきシーン。全編モノクロのなかで、ワンシーン一箇所のみ、カラーになるところがあった。 それは身代金を入れた鞄に仕掛けた薬品が燃えて出る煙のシーン。 モノクロの大都会に高々とそびえる煙突から、オレンジの煙がもくもくと上がるシーンは、すごいインパクトだ。 この一部カラーという手法は、知っている限りでは、本作が一番古いような気がする。もっと古い作品にも使われているのか、黒澤氏が初めてなのか・・・ご存知の方がいらしたらぜひ教えてください。 監督 黒澤明 原作 エド・マクベイン 『キングの身代金』 脚本 小国英雄 菊島隆三 久板栄二郎 黒澤明 音楽 佐藤勝 出演 三船敏郎 香川京子 佐田豊 仲代達矢 石山健二郎 木村功 加藤武 三橋達也 山崎努 (モノクロ・一部カラー/143分) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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