【イヴ・サンローラン】 2010年 デザイナーの華々しさの陰にある苦悩と孤独
近年、殊になのか、ドキュメンタリーがおもしろい。いつか、好きな映画を「ドキュメンタリー映画」とおっしゃった方がいて、以来ますますこのジャンルが気になるようになった。札幌ではミニシアター "蠍座" で上映されていたこちら。館主さんのコラムには「私はブランドものには一切興味ないが、本作はドキュメンタリー映画としてすばらしい」というような感想が綴られていた。それもあってか、多少なりとも期待していたわけだけれど、じっさい、とてもおもしろかった。45年間にわたって、モード界を牽引し、頂点に君臨した天才デザイナー、イヴ・サンローランの実像に迫ったドキュメンタリー。彼の公私にわたるパートナーとして、サンローランを支え続けたピエール・ベルジェを語り手に、その華々しい生涯を振り返るとともに、想像を絶する注目とプレッシャーの中に身をさらし続けた天才デザイナーの苦悩と孤独を明らかにしていく――。線の細い人一倍シャイな青年が、ディオールの後任デザイナーとなったのは弱冠21歳。それからアルジェリア独立戦争に出征して神経を病み、完治したのちディオールを去って、生涯の伴侶となるピエール・ベルジェの出資で自身のレーベル「イヴ・サンローラン」を設立したのが26歳のとき。どこまでも絵になるプライベート写真の数々と、在りし日の映像と、ピエール・ベルジェによる語りで(ふたりはゲイカップル)綴ったトップデザイナーの真実は、そこはかとない虚無感に覆われている。 華々しい表舞台に、美術品に囲まれた絢爛豪華な私生活、そして、アルコールと薬に逃れるしかなかった孤独な素顔。時代を創るのは、簡単なことではないんだね、当たり前だけれど。数々のモードを生みだした天才にも引退のときはやがて訪れて、オートクチュールの時代は静かに終わりを告げていく。印象的だったのは、サンローランが遺した貴重な美術品の数々が、自らの死後散り散りになることを恐れたベルジェ氏の判断によって競売にかけられるシーン。ふたりが過ごした煌びやかな部屋が、ゆっくりと空っぽになっていくのを眺めるうちに、諸行無常の想いでいっぱいになるのを止めようがなかった。流行も芸術も人も、みんな同じようにいつかは無に帰る。華やかな世界に生きた人生にさえ漂う抑えようのない虚無感、、庶民はどうしたって溜息が出てしまう。ブランド志向がまったくなくっても楽しめる上質のドキュメンタリー。画面の美しさがまたいい。 監督・脚本 ピエール・トレトン エヴ・ギルー 撮影 レオ・アンスタン 音楽 コム・アギアル 出演 イヴ・サン=ローラン(アーカイヴ映像) ピエール・ベルジェ (103min)