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カテゴリ:答唱詩編
81 神よわたしに目を注ぎ
今日の答唱詩編の答唱句も、先週と同じ「神よわたしに目を注ぎ」なので、曲の解説は、先週のものをご覧いただくとして、今回は、少し違った視点から、この、答唱詩編について書いてみたいと思います。 今日の答唱詩編の詩編85は「平和の回復を求める祈り」と言われています。カナンに定住する前はもちろん、定着後も、イスラエルは周りの国々からの侵略に脅かされ、「平和」を享受することは、なかなかできませんでした。特に、バビロン捕囚による打撃は大きく、回復の希望を持つことすらできないほどでした。 このときに語られたことばが今日の「イザヤの預言」です。その預言と福音朗読に共通するのは「主のために荒れ野に道を整える者」です。福音書では、それは洗礼者ヨハネですが、キリストの預言職という視点から見れば、洗礼を受けたキリスト者一人ひとりと言うこともできるでしょう。 神の約束される「平和」は、ただ単に「争いがない」状態ではありません。神が神として認められ、神の支配が満ち満ちていることが「平和」なのです。 「救いは神をおそれる人に近く」、「きずや汚れが何一つなく、平和に過ごしていると神に認めていただけるように励む人」、「神のことばを聞き、心を神に向ける人に」「神は平和を約束される」のです。 こうして、「正義と平和はいだき合って」「栄光=キリストはわたしたちの地に住む」のであり、そのときこそ主は「力を帯びて来られ、御腕を持って統治される」のです。 今日の第一朗読=答唱詩編=第二朗読=福音朗読は季節でもあり、比較的関連があります。今日の詩編唱を担当される方は、これらの朗読をよく味わうと、詩編の唱和に深みが出るのではないでしょうか。もちろん、答唱詩編の解説もご覧ください。 次回の「わたしは神をあがめ」はいつもの解説に戻したいと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.11.09 19:51:45
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