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カテゴリ:答唱詩編
55 神のみ旨を行うことは
【解説】 詩編67は、最初、豊作を求める祈りから始まり、収穫への感謝、神に祝福を求める祈りへと続き、さらに、すべての民と被造物への祝福を求める祈りへと発展してゆきます。 祝福を求める祈りは、民数記6:24-26の「アロンの祝福」の式文(『典礼聖歌』遺作「主があなたを祝福し」)を言い換えたものです。イスラエルをとおしてすべての民が祝福を受けるという思想は《第二イザヤ》と同じで、パウロも「ローマの信徒への手紙」(12章など)で同様のことを説いています。 第2バチカン公会議の『教会憲章』でも「教会はキリストにおけるいわば秘跡、すなわち神との親密な交わりと全人類一致のしるしであり道具である」(1項)と述べられています。実は、このことは『聖書』に一貫して流れている、神の救いの本質でもあるのです。。 答唱句の前半、従属文の部分は、「おこなう」が最高音(B=シ♭)を用いてことばを強調しています。続く「うことは」では、一時的に属調のF-Dur(ヘ長調)に転調することで、丁寧にことばを語り、行う決意を呼び起こします。後半は、すぐにB-Dur(変ロ長調)に戻り、まず、「わたし」が最低音のCから始まり、謙遜のこころを表します。「こころの」は、付点八分音符と十六分音符で、最後の、「よろこび」は音価が拡大され、斜体の部分は最高音B(シ♭)によって、こころ(魂)が喜びおどる様子と、答唱句全体の信仰告白の決意を力強く表しています。 詩編唱は、終止音と同じ音から始まり、1小節1音の音階進行で下降して、開始音Fに戻り、作曲者の手法「雅楽的な響き」の和音で終止します。バスのEs(ミ♭)は答唱句のバス(D=レ)とテノール(F=ファ)のオブリガートとなっています。 【祈りの注意】 答唱句全体の信仰告白は、教会の母である聖母マリアが歌った「マリアの歌」(マグニフィカト ルカ1:46-)に通じるものです。いつも、この信仰告白の決意を持ち、神の み旨をわきまえることができるように祈りましょう。 「神の」を心持ち早めに歌うことが、この信仰告白の決意のことばを生き生きとさせます。メトロノームのように歌うと逆にだらだらしますし、上行の旋律も活気がなくなります。「みむねをおこなう」は、現代の発音では同じ母音Oが続きます。どの声部も同じ音で続くので「み旨をーこなう」と 「ことは」の後で息継ぎをしますが、この息継ぎは「は」の八分音符の中から少し音を取って、瞬時に行います。ここを、テンポのままで行くと、しゃっくりをしたようになります。この前から少し rit.すると、息継ぎも余裕を持ってできますし、何よりも祈りが深まります。 後半は、すぐにテンポを元に戻しますが、「こころ」あたりから rit. に入り、付点のリズムを生き生きと、また、力強く歌って締めくくりましょう。この時、先にも書きましたが、聖母マリアの心と同じこころで歌うことができればすばらしいと思います。 なお、これらの rit. は、いつしたのかわからないように、自然に行えるようになると、祈りの深さもましてきます。 第一朗読の「使徒たちの宣教」では、改宗する異邦人(ユダヤ人以外)に割礼を施すかどうかが、論議されます。最終的には、肉の割礼が問題なのではなく、心の割礼が大切であることが確認されます。このことを決めたのは、使徒たちだけではありません。「聖霊とわたしたち」とあるように聖霊が一緒に働いてくださったことも思い起こしたいものです。このことによって、自分たちはユダヤ教の伝統を守ってきた、と考えていた人たちの中には、教会から離れていった人たちがいたかもしれません。わたしたちも、何が本当に「神の み旨を行うこと」なのか、日々、祈りながら神の示される道を歩みたいものです。 《この答唱詩編のCD》 「典礼聖歌アンサンブル」『ミサ』(詩編は異なります) 【参考文献】 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.05.02 10:16:13
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