聖者として生きるか、普通の人として生きるかの分岐点
自然の力の伝授を受けると、人の体に触れずによくすることができます。距離は関係ないので遠隔もできます。 私も最近では見えない世界の顧問として継続して遠隔させていただく機会が増えてきました。 直近の事例では、白血病の方が遠隔を開始すると一発で心臓の痛みが消え、ひと月で白血球等の数値が改善し、二か月目で血液が正常になってしまいました。 今まで何百人、何千人とやってきたのでよくなることは私にとっては、蛇口をひねれば水がでるようなものですが、それでも白血病は初めてで、しかも病院の検査で結果が確認されたのが少々印象的でした。 さて、この度自然の力の伝授を受けた人の伝授が一斉に切れました。 そして、先の日記にも書いたように「自然を認める」ことで伝授が戻っています。 しかし、それでも戻らなかったり、すぐに切れる人がいます。 それは、この伝授を受けてもいつまでたっても人をよくしてこなかった人、人をよくするよりも自分の中でお金の方が優先順位が高い人など、何か勘違いがある人。などこの力の使い手としてふさわしくない人には伝授が戻っていません。 人がどう生きるかはすべて自分の意思で決めますから、自分がどう生きるかを決めることで一瞬にして伝授が戻ります。 この力の伝授を受けた当初は誰でもスムーズに使えます。 (伝授を受けていなくてもセミナー会場で力を借りた初心者はすぐに人をよくできます) 伝授を受けると昨日とは何も変わらない自分でも突然こういうことができるようになってしまいますが、以後誰もがこの力の使い手としてふさわしい気づきを深めていかなければいけません。 せっかく力をいただいても、この力の価値を理解せず、人のやくに立とうとしない人は、この力の使い手としてふさわしくありません。 せっかく力をいただいても、この力の意味を理解せず、自分のエゴを満たすために使う人も、この力の使い手としてふさわしくありません。 自らをこの力にふさわしい自分にしていくか、以前のままの自分にとどまって力が使えなくなっていくか、今、聖者として生きるか、普通の人として生きるかの分岐点にきています。