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2008/04/10
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カテゴリ:陰陽師大好き♪

小説「陰陽師 木ノ葉鼓 その壱」からの続き


次の日の十五夜。博雅は約束通り、晴明の屋敷を訪れた。
すると、庭には昨日の子狸が既に顔を覗かせていた。
庭に下りた晴明が子狸相手に何やら話しかけている。
子狸は、ちょこんと座って、晴明の顔を見ながら目をクリクリさせている。

なんとも不思議な光景ではないか。
晴明と子狸が差し向かいで、まるで旧知の友のように仲睦まじくしているなどとは。

しばらく博雅は、ポカーンとこの光景を眺めていた。
断ち切ってはならない大切な時間だと、どこかで感じていたとも言える。

  「おぅ。博雅。来たか。今夜はこいつを母親の元に帰そうと思う。
   お前も一緒に来てくれ。」

博雅に気づいた晴明が、スッと立ってそう言った。


晴明と博雅は牛車に揺られて、上賀茂の山へ向かっている。
その牛車の後を、ちょこちょこと子狸が離れず付いてくる。

  「あいつ。ちゃんと付いてくるな。偉いもんだなぁ。
   母親に会わせてやると、言ってやったのか?」

  「あぁ。 昨日のお前の笛の音で母狸の居場所がわかった。
   それをあいつも感じたのだと思う。
   あいつの目を見て『今宵、母様に会わせてやろう』と話してやったら、こくんと頷いたのだ。」

  「俺の笛の音で? どういう事だ?」

  「昨日、微かではあったが、鼓の音が聴こえてきたであろう?
   あれは、母狸が打っていた鼓の音だ。
   子ども恋しさに打つ鼓だった、というわけだ。
   狸が打つ鼓は、狸にしか聴こえぬ。
   しかし、お前の持つ葉二は鬼の笛。
   鬼の笛なら、その音を呼び寄せる事が出来るのだ。」

  「何!? 母狸が鼓を打っていたと?! そんな芸当が出来るのか?」

  「まぁ。行けばわかるさ。そう、焦らなくても良いではないか。」

かくして、ふたりを乗せた牛車は、上賀茂の山に着いた。
子狸も道中はぐれずに、牛車から降り立った晴明の足元に擦り寄って来た。

晴明は優しい笑顔を子狸に向けて、「安心して任せろ」と言うふうに頷いていた。

  「博雅。 昨日のように笛を吹いてくれるか。」

  「あぁ。わかった。」

博雅が葉二を取り出して、そっと口に当て静かに奏で始める。
夜空には中秋の名月が霞の雲ひとつなく、浮かんでいる。
鈴虫や蟋蟀、松虫が博雅の笛に負けじと、あちこちの草むらで美しい声を響かせている。

子狸が「くぅん」と鼻をならした。

すると、「ポォーン」と鼓の音がすぐ傍で聴こえた。
晴明はジッとその方向を見ている。
子狸がウロウロと忙しなく晴明の周りを行ったり来たりしている。

月明かりに照らされて、大木の根元がより一層、明るくなったかと思えば、そこに一人の市井の
女人(にょにん)が目を閉じて鼓を打っているのが目に入った。

博雅は驚きながらも、笛を吹く手をゆるめなかった。
子狸は目をキラキラさせながら、その女人に近づこうとするが、間に見えない壁があるかのように、
その先に進めないでいる。
女人もまた、子狸を見留めつつも鼓を打つのをやめず、悲しげな音色だけが辺りに染み渡る。

  「いかんな。」

晴明がポツリと呟いた。

  「情を入れ過ぎたか。」

自嘲的な笑みを浮かべ、苦渋に満ちた表情で子狸の傍に寄った。
子狸と視線が合うように、その場にしゃがんでこう言った。

  「お前に良かれとした事が裏目に出たようだ。
   お前は俺に馴れ過ぎた。 いや。俺がお前に馴れ過ぎたのか。。
   人の匂いが沁み込んでしまったのだな。 母様がお前に近づけないでいる。
   そして、お前も母様に近づけないでいる。 それは、俺の事を思ってくれているからであろう?」

子狸が目に涙を溜めて、晴明を見つめている。

  「案ずるな。俺は大丈夫だ。 今まで通り、やっていくさ。」

それから晴明は優しい眼差しから一変して、鋭い狐のような目つきになり、こう言った。

  「今からお前の中にある俺の記憶を消す。 でないと、母様の元に帰ることは適わぬ。 よいな。」

子狸が「くぅ~ん」と哀しそうにひと鳴きした。
博雅には「嫌だ」と言っているように聴こえるのだが、晴明は聴こえないふりをしているのか無表情だ。

晴明はスックと立ち上がり、口元に二本の指を立て、もう片方の手で五芒星を描いて呪を唱えた。

  「消憶滅像 晴明狐狸 急々如律令」

五芒星から柔らかな光と共に波動が起こり、空間が優しく包まれた。
子狸の中の晴明の記憶が、走馬灯のように流れてゆく。

博雅は笛を奏でながら、いつしか涙を流していた。
こんな小さな生き物の心の中で、晴明の存在がどれだけ大きかったのかを目の当たりにしているのだ。
それは、きっと晴明にも言えることなのだろう。
この子狸が、晴明の禍(まが)で溢れそうになる心を癒していたに違いない。
博雅は、自分が笛を吹くことで彼らが救われるなら、いつまでも吹いていようと心に決めた。

子狸の晴明の記憶が薄れていくにつれ、女人の姿がいつしか母狸の姿に変わってゆく。
晴明への記憶が尽きた時、子狸が母狸の所に駆け寄って行った。
母狸は愛しそうに子狸に体を寄せて、顔を舐めた。
子狸も嬉しそうに母にまとわり付いている。

母狸が一瞬、晴明を見た。 その目は母の自愛で満ちていた。
晴明に礼を言うように、頭をぺこりと下げて、子狸を連れて山に帰ってゆく。
子狸は嬉々として飛び跳ね、母にじゃれながら付いてゆく。
その姿が見えなくなるまで、子狸は一度も晴明を振り返る事はなかった。

女人が居た大木の根元に、鼓が残されている。

狸の親子を見送った博雅が、

   「鼓を忘れていったか。」

と、言うやいなや。

一陣の風が吹き、その鼓は風に巻き上がる木の葉へと変化した。

   「何!? 木の葉の鼓だったのか!」

後には、十五夜の月明かりに映える萩と、虫の音が聴こえるばかりであった。


次の十六夜(いざよい)の晩。 今宵の月は薄い雲が霞がかっている。
博雅は再び晴明の元に来て、濡れ縁で酒を飲んでいた。
晴明はいつもと変わらぬ様子で、庭を見ながら淡々と酒を飲んでいる。
口数が少ないのもいつも通りであったが、何か物思いに耽っている事は博雅にもわかった。

庭のどこを見ているというのではなかったが、垣根の辺りに自然と目が行ってしまうようだった。
その垣根でカサリと音がした時など、晴明自身も気づかぬ程の目の動きを博雅は捉えていた。
垣根から飛び出したのは、雨蛙だった。

あえて、博雅は口にしてみた。

  「なぁ、晴明。 昨日の女人は母狸だったのだろう? 木の葉の鼓で音が出るものなのかな?」

なんとも我ながら、的の外れた質問だと思ったが、それも知りたい事のひとつだったので聞いてみたのだ。

晴明は庭から視線を博雅に向けて、

  「あれは、我等人間にだけ見える鼓であって、実際には音は出ぬ。」

  「では、母狸はどうやって鼓の音を出していたのだ?」

  「腹だよ、腹。 狸は腹鼓(はらつづみ)を持っているではないか。」

  「何!? 腹!? そうか。。なるほどぉ~。腹か。 腹鼓で子どもを呼んでいたのか。」

博雅が余りにも感心しているので、晴明は可笑しくなって来た。

  「お前は、本当に良い漢だな。」

扇を取り出して、クスクスといつまでも晴明が笑っているので、博雅もいくらか安心した。

晴明が狐の子だとすると、幼い頃に母狐と別れて一人で今まで生きて来たのだ。
怪我をして傷ついた子狸に、いつしか晴明は自分の幼い頃を重ねて見ていたのではないだろうか。
母と別れて暮らす心細さと寂しさを、晴明は嫌というほど味わって来た。
同じ想いを子狸にはさせたくなかったに違いない。
しかし、いつしか子狸は晴明にとって、癒しの存在になっていたのだろう。
狐と狸。 同じ獣同士。 人もたまに誑かす。
お互い、何か惹かれあうものがあったのだな。

だが、その親密さが親子の再会に支障をきたすとは、皮肉な事だった。
子狸から晴明との記憶の一切を消す。
それが、晴明にとっても子狸にとっても、どれほど辛く哀しい事であったか、晴明を真の友と思っている
博雅には想像がつく。

  「晴明。 俺はいつもお前の傍におるからな。」

博雅はそういうと、懐から葉二を取り出して口に当てた。

  「何だ。急に。。」

晴明は博雅の顔を見て怪訝そうにそう言ったが、心の禍が薄れてゆくのを感じた。

  「少し、酔ったみたいだ。 お前の笛の音を子守歌にして、ひと寝入りしようかな。」

博雅の笛の音を聴きながら、晴明は濡れ縁に横になった。
しばらくすると、遠くの方で「ポォーン」という鼓の音が聴こえた。
風に乗って、鼓の音が晴明の元に渡ってくる。
その鼓の音に混ざって、「ポコン」という調子外れた音も聴こえて来た。
博雅の笛の音に奇妙な音が重なるが、それはそれで美しい旋律となって夜空に昇ってゆく。

「ポォーン」 「ポコン」 「ポォーン」 「ポコン」

晴明は扇を顔にあて、

  「良い漢だ。博雅。」

と、呟いた。 その目に光るものがあったのを、博雅は知らずにいる。

十六夜の朧気な月明かりが、晴明の涙の隠れ蓑となった。

                               完

     tk3

いかがでしたでしょうか。
内容は先の読めるベタなものですけど、晴明と博雅の深い絆を私なりに表現してみました。
感想を少しでもお聞かせ下さると、ありがたいです☆






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最終更新日  2008/04/10 11:14:47 PM
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