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2008/10/02
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カテゴリ:陰陽師大好き♪
 『陰陽師 吉祥果』 第一章 ←こちら

梨を届けた時から幾日か経ったある日の午後、博雅は晴明を訪ねようと都大路をのんびりと牛車に揺られていた。今日は晴明に頼みごとのある博雅なのだった。
しばらくすると、往来を行き来する民たちの話し声が聴こえてきた。

   「また、鬼が出たらしい。これで何人目だろう、子が喰われるのは。」
   「またかい?! 子を持つ親は気が気じゃないよ。 どうにかならないものかねぇ。」

   「何? 童を喰らう鬼? 朝廷ではそのような話は出ておらんかったが・・」
公卿達にとって、自分たちと関わりのない怪事件には無関心ということなのだろう。
博雅は市井の者が酷い目に遭っている事を思うと、心が痛んだ。
朱雀大路を曲がり川筋に続く薄(すすき)の群生を抜けると、一条戻り橋がすぐ目の前に見えてきた。

博雅が晴明の屋敷に着いたとき、晴明は気だるそうに濡れ縁に横になったまま博雅を出迎えた。

   「どうした、晴明。具合でも悪いのか? 顔色が優れぬぞ。」

晴明は普段から透き通るような白い顔をしているが、この日は博雅の言うとおり翳りのある青白い顔をしていた。聡明そうな額にうっすらと汗をかいている。
晴明は返事をするのも物憂そうで、目線をちらりと博雅に向けただけでまた目を閉じてしまった。

   「具合が悪いのであれば、また出直してくるが・・・」
博雅はそういうと、踵を返して帰りかけた。

晴明は目を瞑ったまま
   「待て、博雅。 俺に話しがあるのであろう?」
と、かすれた声で言い、ひとつ大きな息を吐いてからゆっくりと身を起こした。

   「大事ないのか? まことに具合が悪そうだぞ。」
博雅は心配しつつ、晴明の前に腰を下ろした。

   「ああ、何とも不思議な気分だ。 まるで腹の中に子を宿した女人のような・・・」
晴明はそういうと、背中の柱に気だるい体をあずけた。

晴明の口から飛び出た言葉は、博雅の理解の範疇をはるかに超えるものだった。

   「お、お前は男ではないか。 腹に子を宿した女人の気分などわかる筈がなかろう。」
博雅は晴明の言葉に何故か顔が火照るのを覚え、うろたえた。 晴明の顔をまともに見ることが出来ない。

   「で、話はなんだ?」
晴明はそんな博雅の様子を愉しみながら、用向きを聞いた。

博雅はまだ顔を赤らめたまま、どきどきと脈打つ胸の鼓動を一呼吸して治めてから話しを始めた。

   「う、うむ・・ 実は・・俺の管弦仲間に藤原善栄(ふじわらのよしえ)殿という御仁が
    いるのだ。
    その善栄殿には年若い姫君がいらしてな。それはたいそう見目麗しく、その余りの美しさ
    から周囲の者から美女を指す意味合いで“吉祥の君”、あるいは“吉祥姫”などと呼ば
    れているのだそうだ。
    その吉祥姫がこの数日の間、朝餉も夕餉も食さず、ただひたすら気だるそうに床(とこ)
    に臥せったままだという。
    そうかと思えば、夜半になると突然苦しみだして正体不明に陥り、家人が姫の気をとり
    なそうと寝所に入ると、何故かいつの間にか家人はその場で意識が遠のき、気がつけば
    朝となって姫の枕元に伏しているのだそうな。
    そして、吉祥姫を見ると、決まってその口元には石榴の実を食べた後が残っていて、
    真っ赤になっているという。」

   「石榴?」

   「ああ。善栄殿の庭に石榴の木はないというのだがな。あるのは見事な実をつける梨の
    木だそうな。
    そら、先ごろ、梨の実を持って来たであろう? あの梨は善栄殿から戴いたものだ。」

   「そうか。」

   「それとな、姫はまるでどこかを歩き回って来たかのように足が汚れているらしいのだ。
    それがここ数日、毎夜続いているものだから善栄殿もほとほと困られてしまってな。
    それで、俺からお前に話をしてくれぬかと言って来られたのだ。
    お前に知恵を借りたいと言っておられた。」

   「ふむ。・・・吉祥姫。 ・・・石榴。 ・・・梨。」
一通り、博雅から話を聞いた晴明は熱でもあるのか、潤んだ瞳で一点を見つめて考えている。
そんな晴明を見て、博雅はある事に気付いた。

   「あれ?晴明。 まだその傷は治っておらぬのか?」

石榴の棘が刺さったという晴明の指先には、まだ薬草が巻かれている。
心なしか、以前より腫れているように見えるのは博雅の気のせいだろうか。

   「ああ、思いのほか治りが悪くてな。」
晴明は博雅の顔を見てそういうと、また何か考える風に視線を別の場所に移した。
晴明の視線の先にあるのは、部屋の奥に生けたままにしてある石榴の枝だ。
枝に成っている実が一段と膨らみを増し、いまにも弾けそうになっている。

   「これは、行かずばなるまい。 博雅、藤原善栄殿に明日お伺いすると伝えてくれ。」
と言いながら、晴明はまた体を横たえて目を瞑った。

   「晴明、良いのか? そのような体で善栄殿の屋敷に行っても?」

   「なあに。 お前が共に行ってくれるならば、何も案ずることはなかろう。」
晴明はわずかに笑みを浮かべて博雅にそう言い、また気だるそうに目を閉じた。

そして、ついでのようにこう言った。
   「博雅。 近頃、都に鬼が出たという噂は耳にしておらぬか?
    例えば、童ばかり狙う鬼など・・」

博雅はつい先ほど聞いた民の話を思い出し、驚いた。
   「何故、その事を?! ここに来る前に民たちが話しておった。童を喰らう鬼が出ると。」

博雅は怪訝そうな顔をして、背を向けて寝ている晴明を覗き込んだ。
 (まさか、吉祥姫と何か関わりでもあるのか?)

しかし、晴明は目を瞑ったままそれに関しては何も答えず、ただ一言、
   「博雅、笛を聴かせてくれぬか。」と呟いた。

博雅も晴明の具合の優れない様子を見て何も言わず、懐から葉二を取り出して晴明の傍で奏で始めた。
庭で鳴く虫の声と共に博雅の笛の音がゆるゆると晴明の周りを取り囲むように流れてゆく。 
晴明は次第に体内から悪しきものが浄化されてゆくのを感じていた。晴明にとって博雅の奏でる笛は、癒しの力を持つ極上の音色だった。

そして、件(くだん)の石榴の枝から、はちきれそうになっていた実がことりと落ちた。



『陰陽師 吉祥果』 第三章~1 へつづく





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最終更新日  2008/10/02 11:34:51 PM
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