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2008/10/02
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カテゴリ:陰陽師大好き♪
 『陰陽師 吉祥果』 第一章
 『陰陽師 吉祥果』 第二章



次の日の夕刻、晴明と博雅は藤原善栄の屋敷に向かう牛車に揺られていた。
具合が悪そうだった昨日とは打って変って、今日の晴明はいつもどおりの平静な晴明だった。
棘が刺さったという傷跡も癒えたのか、今日は指先に薬草も巻いていない。
少しばかり、刺さった後が残っているだけになっていた。

往来を行き来する民たちの話し声が牛車の二人に聴こえてくる。
   「今度は女童(めのわらわ)がやられたらしいよ。 血だまりが残るばかりで、骨まで
    喰われて跡形もなかったらしい。」
   「酷いことだ。 もう、子を外へやれないではないか。 困ったものだ。」

また昨夜も子喰い鬼が出たという。
博雅は正面に座る晴明に何か話したかったが、晴明は考え事をするように目を瞑ったままだった。
そうこうする内に、藤原善栄の屋敷に牛車が到着した。

善栄の庭には博雅が言ったとおり梨の木が枝を四方に伸ばし、堂々と繁茂していた。
晴明はその梨の木を見て、「なるほど。」と、ひとり呟く。

庭木戸の向こうから、屋敷の端女(はしため)と出入りの柴売り男の話声が聞こえて来た。

   「あんた、子を喰らう鬼を見たってのかい?!」

   「ああ。そりゃもう、たまげたよ。川原から血生臭い匂いがするもんだから、つい覗いたら・・
    そいつが振り向いたんだ。 人の子を喰らっていやがった。」

   「それで、鬼の顔を見たのかい?」

   「見たさ。見たとも。 それがお前、どんな面をしていたと思う?」
男はきょろきょろと辺りを窺い、声を潜めて言った。
   「そいつはな、真っ黒な顔をした鬼子母神だったんだ。」

   「えっ? 鬼子母神!? あんた、鬼子母神と言えば童子の守り神様だよ。
    その鬼子母神が子喰い鬼だっていうのかい!」
端女が素っ頓狂な声を出してわめいた。

   「しーーっ! 声が大きいぞ。 ・・・間違いない。 俺は都の偉い仏師の屋敷にも出入り
    しているんだがな、その仏師が彫っている鬼子母神像を見た事がある。
    俺が見た鬼はその鬼子母神とそっくりだった。」

男は鬼と出くわした時の事を思い出して、身震いした。
暮れゆく秋の夕闇に浮かび上がった、ぬらぬらと光る真っ黒な裸に近い体と燃えるような赤い目。そして、童を喰らった後の真っ赤な口元は、幾日経っても昼夜かまわず男の脳裏に浮かんで消えることはなかった。
あれ以来、都では童子ばかりが狙われて鬼に喰われている。 男は鬼子母神が鬼の正体だと、最後まで端女に言い張っていた。

博雅はその話を聞いて、
   「鬼子母神が子喰い鬼の正体?」
晴明に問うように言ってみたが、晴明は表情ひとつ動かさず何の反応も示さなかった。
博雅はよくよく考えてみれば荒唐無稽な話だと思い、それ以上深く考えるのはやめにした。


二人が通された客間で暫く待っていると、善栄が部屋に入って来た。
挨拶もそこそこに、善栄は吉祥姫に起こったことを晴明に事細かに説明した。
だいたい、博雅から聞いた話と一致している。

晴明は相槌を打つでもなく口を挟むでもなく、静かにじっと善栄の話を聞いている。
善栄の話を聞き終えて、晴明はおもむろに口を開いた。

   「ときに善栄様。 あの梨の木はいつからこちらの庭にござりましょうか?」

善栄は姫の事と全く関係のないことを聞かれ、面くらいながらも
   「は? 梨の木でござりますか? あれは、姫が生まれたと同時に植えたものです。

    姫の成長と共に梨の木もあのようにすくすくと育ちまして、今年はたわわな実をたくさん
    つけましてございます。」
と、丁寧に答えた。

   「さようですか。 姫君様と共に・・・」

   「はい。姫も物心ついた頃から梨の木をまるで姉妹のように思い、接してまいりました。」

   「ほう。それほどまでに思いをかけてこられたと。」
話しを聞いて博雅はたいそう驚いて言った。

   「して、今、姫君様はご寝所でお休みなのですね。」

晴明の問いに善栄が答える。
   「はい。ここ数日、寝所に籠りきりでござります。 晴明殿、姫には何かが取り憑いている
    のでしょうか。 何も食さず、このままでは命が消えてしまうのではないかと心配で
    なりませぬ。」
善栄はそういうと、二人の面前であることも忘れ、床に突っ伏して泣いた。

   「善栄様。 ご安心召されませ。 怪異を見定めるため、今宵はこちらの博雅様と共に
    姫君様の傍で過ごさせていただきまする。」
晴明はそういうと、泣いている善栄の背中にそっと手を触れた。

晴明に触れられたところを中心に、暖かく優しい気流が善栄の体内に広がってゆく。
善栄は顔を上げ、晴明なら必ずや姫を救ってくれると心から思った。

   「どうか。どうか、よろしくお頼み申しまする。」
善栄は晴明の手にすがって、何度も懇願するのであった。


その後、晴明と博雅は吉祥姫の寝所前の階(きざはし)近くで、善栄が用意してくれた酒を飲んで過ごした。
二人のそばには、酒と一緒に梨の実が置かれている。晴明が善栄に頼んで梨の実をいくつか持って来てもらったのだ。
寝所の隣の部屋では善栄をはじめ、腕に覚えのある家人が姫の異変にすぐ駆けつけられるように待機している。
時折、冷たい秋風がさっと流れて来て、晴明と博雅の間を通り過ぎてゆく。
夜空には三日月が冴え冴えと浮かび、遠くから山狗(やまいぬ)の吠える声が聴こえてくる。
庭の梨の木が風に揺れ、重なる葉がかさかさと音をたてた。しかし、音を立てているのは葉だけではないようだ。幹の内からも微かながら、かちかちと音が漏れ聴こえてくる。

   「晴明、なにやら寒気がするな。 それほど秋が深まっているわけでもないのに、この
    寒さはどうしたものか。」
博雅はそういうと、自分で杯になみなみと酒を入れて一気に飲み干した。
博雅が感じているのは外気の寒さではなく、善栄の屋敷を包む薄ら寒い得体の知れない妖しさからだったのだが、博雅にはそこまでわからない。

   「近づいている。」
晴明は一言そういうと、目を閉じて口の中でぶつぶつと低く呪を唱えてゆく。
博雅は晴明の邪魔をしないように、身を縮めて辺りをうかがった。

いつの間にか善栄の屋敷内に、もやもやとした薄い靄(もや)がたちこめて来ている。目を凝らしてよく見ると、その靄の向こうからぼうっと浮かび上がった黒い人影が段々と近づいて来るのが見えた。 その影の頭上の髪は、天を貫くほどに逆立っている。

すると、吉祥姫の寝所から苦しげな声が漏れ聞こえてきた。
隣の部屋にいた善栄たちが慌てて吉祥姫の寝所へと入ってゆく。

晴明は目を開き、
   「ゆこう、博雅。」
と、言って、博雅と共にすぐさま姫の寝所にかけつけた。

床に臥している吉祥姫はまことに見目麗しい女人だった。 しかし、この数日の変異で衰弱しきっているのは明らかだ。
その吉祥姫が美しい顔を歪めて胸を掻きむしって苦しんでいる。

   「晴明殿!姫がまたあのように苦しんでおりまする。どうか、助けてやってくだされ。」
善栄が必死に懇願する。

   「方々は、隣の部屋にお下がりくださりますか。この晴明と源博雅様が姫君様をお守り
    いたしまする。」
善栄たちが寝所から出てゆくのを見届けると、晴明は吉祥姫の周りに素早く結界を張りつめた。

それと同時に、先程の薄い靄が吉祥姫の寝所に入り込んで来た。靄と共に黒い人影がするすると寝所に入ってくる。
白い靄が渦を巻いて黒い人影の周りに集まってくる。 そしていよいよ、黒い人影が正体を現した。

   「鬼子母神!」
博雅が驚いて思わず叫んだ。 博雅はもちろん、鬼子母神がどのような姿形をしているのか知っていた。
  (あの男の話は、まことの事だったのか。 されど、何ゆえ吉祥姫の元に?!)
博雅は愕然として鬼子母神を見つめた。

晴明が口元に二本の指を立てて呪を唱え、五芒星を描いて結界を強める。

   「ぬぅぅ。何者! わらわの邪魔をするのは! その女はわらわの憑坐(よりまし)。
    わらわのもの! 今宵も子を喰らわねば我慢ならぬ。 そこをどかぬかっ!」

どうやら鬼子母神には実体がないらしい。 誰かに取り憑かねば腹が満ちないとみえる。
鬼子母神は毎夜、吉祥姫に乗り移って童子を喰らう悪業を働いていたのだ。
実体がないとはいえ、鬼子母神の恐ろしい形相と鬼気迫る威圧感は充分過ぎるほど伝わってくる。
博雅は膝ががくがくと震えて、今にもその場に倒れそうになった。

そんな博雅に晴明は、善栄が用意してくれた梨の実をひとつ渡し、
   「よいか、博雅。 俺が呪を唱えたらこの実を頭上に高く掲げよ。」
と、言った。

   「お、おう。わかった。」
そう言って博雅は、震える手でこわごわ梨の実を受け取った。 博雅の顔面は蒼白になっている。

   「決して、俺のそばを離れるな。」
晴明が博雅に強い眼差しを向けて言う。 そして、わめき散らしている鬼子母神に相対(あいたい)した。
  
   「邪心を持つ鬼子母神! お前は真(まこと)の鬼子母神にあらず!」
晴明が一喝し、懐から石榴の実を取り出した。 晴明の指に棘が刺さった枝に成っていた石榴の実だ。
そして、その実を片手で頭上に掲げ、もう片方の手の指を二本、口元に滑らせ呪を唱える。

   「来降(らいこう)釈迦尊! 急々如律令!」

それと同時に博雅も、ここぞとばかりに梨の実を両手に包んで高く掲げた。

晴明の持つ石榴の実と博雅の持つ梨の実から明るい光が沸き起こり、間もなくあたり一面に虹色のまばゆい光が満ち溢れた。
吉祥姫の寝所が、この世とは思えない程の神々しさに包まれてゆく
二つの果実から溢れた光の輪の中に、晴明が呼び寄せた釈迦如来の姿が浮かび上がった。

   「釈迦・・如来・・・」
博雅が信じられない様子で、口をあんぐりと開けている。

現れた釈迦如来は、その腕に小さな子供を抱いていた。
邪心の鬼子母神は釈迦の手の中にいる子供を見て愕然とした。

   「わらわの子! 愛好!」

釈迦如来が厳しい眼差しで鬼子母神を見て言った。
   「邪心なる鬼子母神。 わたしの教えを忘れたか。 子を奪われる親の苦しみを、己が身を
    もって悟った筈。 また愛しいわが子を失いたいか?」

鬼子母神はその場にがっくりと跪き、双眸からはらはらと涙を流した。
鬼子母神は思い出した。 かつては人間の子を奪って喰らう悪鬼であったが、大切な末子、愛好を釈迦に隠され、子を失くした親の苦しみを悟れと言われ改心したことを。
流れる涙が鬼子母神の邪心を溶かしてゆく。すると、全身真っ黒だった鬼子母神が徐々に本来の柔和な姿に変わっていった。

その姿を見て、釈迦如来が頷いて鬼子母神に声をかけた。
   「まことの鬼子母神は童を守護する護法善神(ごほうぜんじん)。
    そのこと、ゆめゆめ忘れたもうな。  さあ、わたしと共に天界へ帰るのです。」
鬼子母神は釈迦如来の言葉に素直に従い、光の輪の中へと入っていった。



 『陰陽師 吉祥果』 第三章~2 へつづく





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最終更新日  2008/10/02 10:23:33 PM
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