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2008/10/02
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カテゴリ:陰陽師大好き♪
 『陰陽師 吉祥果』 第一章
 『陰陽師 吉祥果』 第二章
 『陰陽師 吉祥果』 第三章~1 



釈迦如来が晴明に向き直り、声をかける。
   「晴明とやら。 そなたの手を煩わせてしまいました。 されど、そなたも心せよ。
    不用意は慎まねばなりませぬ。 それがそなたの背負う運命(さだめ)」

晴明は神妙な顔つきで釈迦の言葉を受け入れた。
   「はい。承知いたしました。」

  (釈迦如来は一体、何を言っているのだろう? 晴明が何か粗相をしたのか?)
博雅には疑問だらけだった。

   「童たちの居場所を存知ていますね。」

釈迦如来は晴明にそれだけ言うと、わが子を愛おしそうに抱きかかえた鬼子母神と共に天界へと帰っていった。
虹色の光の輪が急速に消滅して、吉祥姫の寝所はまた元の薄明かりだけの場所に戻った。
吉祥姫の様子を見ると、目を閉じてまだ荒い息をしているものの、顔の青白さが抜けて幾らか精気が戻って来ているようだった。

   「この姫の禍(わざわい)は去った。」
晴明はそういうと、茫然と立ち尽くしている博雅に

   「博雅、まだひと仕事残っている。 手を貸してくれぬか。」
と言って、先に寝所を出て庭に下りた。

   「お、おい、晴明。待て。善栄殿に知らせるのが先ではないか。」
博雅は慌てて晴明の後を追って階まで出た。

晴明が振り向きもせず答える。
   「いいや。善栄殿には今しばらく眠っていただこう。」

   「何?」
博雅が驚いて隣の部屋に入ってみると、善栄や家人たちが正体なく眠りこけていた。
博雅は沓を履いて庭まで降り、小走りに晴明に追いつくと、
   「お前が眠らせたのか?」
と聞いた。

   「まぁな。 知らなくとも良い事がある。 大切な姫が巷で噂になっている子喰い鬼だった
    なぞと、わざわざ教える必要はなかろう。」

晴明は梨の木のそばまで来ると、博雅にこう言った。
   「博雅、お前に笛を吹いてもらいたいのだ。 鬼子母神に隠された童たちを現世に戻す。」

   「童たちを戻す? 死んだのではなかったのか? 隠すとは? 喰らったのであろう?童を。」
晴明はいつも謎めいた言い方をするので、博雅には訳のわからないことばかりだった。

   「葉二を吹けばわかる。」

晴明はそういうと、目を閉じて口の中で呪を唱え始めた。
博雅も仕方なく懐から葉二を取り出して口にあて、晴明の呪に合わせるようにそっと奏で始めた。

口元から緩やかに押し出される晴明の呪と博雅の優しい笛の音が、研ぎ澄まされた冷たい秋の夜気を割って、梨の木の幹伝いにうねって登る。
梨の枝がそれに呼応して、暖かくまろやかな光を放ちながら揺れ出した。

すると、ひとつの実が枝から離れ、くるりくるりと回りながらゆっくりと落ちて来た。
晴明は呪を唱えながら、その実をそっと手のひらで受けとめて地面に下ろした。梨の実が地についた部分から段々と童の姿に変化してゆく。
そして、次に落ちて来た実も同じように手のひらで受けて地面に下ろしていくと、また地についたところから童の姿に変わってゆく。
梨の実は全部で七つ枝から離れて、晴明の手のひらに受け止められた。 そして、七人の童の姿がそこに並んだ。
男の子もいれば、女の子もいる。年の頃は二つから五つくらいまでであろうか。
童たちは、夢うつつで呆けたような虚ろな目をしてそこに立っていた。

梨の木から放たれていた光がゆっくりとおさまってゆく。
博雅はそれを見て、葉二を口元から離した。

   「晴明、この童たちが鬼子母神に襲われたのか? 死んでおらぬのか?」

   「大丈夫だ。正気を失っているだけで、死んではおらぬ。
    早くこの童たちを親の元に返してやらねばな。」
晴明はそういうと、ひとこと小さく呪を唱えた。 すると、草むらから蟋蟀(こおろぎ)や松虫がぞろぞろと出て来て、晴明の前に並んだ。数えてみると七匹いる。

   「識神変化(しきじんへんげ)」
晴明が軽く指を払い呪をかけると、虫たちが市井の男や女の姿に変わった。

   「この童たちを親元に送り届けるように。」
晴明が人の姿に変わった虫の式神たちにそう命令すると、それぞれ傍にいた子の手を引いて善栄の屋敷を出て行った。

   「晴明、あの者らに童の家がわかるのか?」
訝しげに博雅は、立ち去ってゆく式神たちを見送りながら聞いた。

   「虫たちの能力を侮ってはならぬぞ、博雅。 彼らは仲間内で独自の繋がりを持っている。
    その繋がりを使えば、童の家を探しあてるなど雑作もないこと。 任せておけばよい。」

晴明はそう言うと梨の木に近づいた。 そして、いたわるように幹を手で撫でた。
   「ご苦労であったな。 お前の姫様も無事だ。」
そして、額を幹に押し当てて「すまなかったな」と、小さくひとこと呟いた。
梨の枝が風に揺れ、葉がかさかさと優しく音を立てる。 まるで晴明の言葉に答えているようだ。

ひゅるひゅると吹く風が晴明の言葉をさらい、博雅には最後の言葉が聞き取れなかった。
晴明の様子を怪訝そうに見つめる博雅。 相も変わらず、晴明の為す事は解せぬ事が多い。
吉祥姫を襲っていた怪異は去ったとはいえ、まだまだ謎の残る一件だ。
これは、晴明を問い詰めて真相を明らかにせねば、と博雅は心の中でひとり息巻いていた。

   「では、そろそろ善栄殿を起こすとするか。」
晴明が明るい調子で博雅に言った。

   「そうだった。善栄殿に吉祥姫の無事を知らせねば。」
博雅は管弦仲間の喜ぶ顔が早く見たくて、足早に階の所へと戻るのだった。


善栄たちにかけていた眠りの呪を解くと、晴明は吉祥姫が正気を取り戻した事を話した。
晴明は多くは語らず、石榴好きの弱い物の怪が憑いていただけだと説明した。
   「何より、この博雅様が笛を奏でて下さったおかげで、姫さまに取り憑いていた邪気を
    祓うことが出来ました。」
と、あたかも博雅が姫を救ったかのように印象づけてしまった。
善栄は博雅と晴明に何度も礼を言い、感謝した。
吉祥姫は見る見るうちに顔色に朱がさし、元通りの見目麗しい女人へと戻った。

   「最初に口にされるのは、あの梨の実がよろしゅうござりましょう。
    姫君様には一番の薬となりましょう。」
晴明は善栄にそれだけいうと、博雅と共に善栄の屋敷を後にした。



 『陰陽師 吉祥果』 第四章~1 へつづく





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最終更新日  2008/10/02 10:22:18 PM
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