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2008/10/02
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カテゴリ:陰陽師大好き♪
 『陰陽師 吉祥果』 第一章
 『陰陽師 吉祥果』 第二章
 『陰陽師 吉祥果』 第三章~1
 『陰陽師 吉祥果』 第三章~2 



二人は晴明の屋敷に戻ってから、また酒を飲んでいた。 蜜虫が酒の用意をして、二人の帰りを待ちかねていたのだ。
酒のそばには焼き栗が添えてある。 香ばしい匂いが辺りに漂っていた。

先ほどから、縁先の沓脱ぎ石に蟋蟀や松虫が一匹、また一匹と飛んでくる。そのたびに晴明が
   「そうか、わかった。ご苦労だったな。」
と、声をかけている。 どうやら、童たちを無事に送り届けた報告をしているようだ。
蜜虫がその虫たちに、なにやら与えている。 虫の喜ぶ様子が博雅にもわかるほどだから、余程良いものを貰ったようだ。 越冬出来る妙薬でも貰ったのだろうか。

それにしても、博雅は不思議でたまらない。 虫が人に変わったり、ただの人形(ひとかた)に息を吹きかけるだけで式神に変わるなど、何度見ても慣れないのだ。
そんな事を博雅があれこれと考えている間に、最後の七匹目の蟋蟀が晴明に帰還の報告をし終えた。

   「やれやれ、ようやく終ったか・・・ 長かったな。」
晴明は杯を持つ手を下ろして、ふぅっと溜息をついた。

   「それで、結局のところ、吉祥姫には鬼子母神が取り憑いていたという事だったのか?」
博雅が晴明に酌をしながら一番聞きたかった事を聞いた。

博雅についで貰った酒をうまそうに飲みながら、晴明がいう。
   「そうだな。簡単に言えば、そういう事だ。」

   「晴明。俺にはまだよくわかっておらぬ。何がどうなっていたのか、ちゃんと話してくれ。」
博雅は酒をあおって、少しつっけんどんに言った。

ちらっと博雅の顔を見て、晴明が言う。
   「まぁ、そう怒るな。 釈迦如来に叱られてしまった俺だぞ。 この上、お前にまで
    叱られるのは哀しい。」

博雅は、はっと身を起こして、
   「そうそう! そうであった。 お前、釈迦如来に何か言われておったな。
    不用意は慎めとか何とか。」
と、顔を輝かせて言った。

   「そのように嬉しそうな顔をするな。 まぁ、元々、これは俺の不注意から始まったような
    ものだったからなぁ。 叱られても仕方あるまい。」

   「お前の不注意?」

晴明は苦笑い気味の表情を浮かべ、杯を置いて話し始めた。
   「その前に鬼子母神の話をしておこう。 鬼子母神は五百人の我が子を持ちながら、
    人の子を襲って喰らう悪鬼であった。 困った民たちは、釈迦如来に助けを求めた。
    そこで、釈迦如来は鬼子母神が一番大切にしている末子の愛好をさらって隠されて
    しまわれた。 鬼子母神は必死になって我が子を探し回ったが、とうとう見つからず、
    釈迦如来にすがりついたのだ。 そこで、釈迦如来は鬼子母神に愛好の姿を見せて、
    人も鬼も我が子を思う気持ちは変わりない、そなたに命を奪われた童の親の気持ちも
    わかるであろう。これから先は、童子の守護神となるようにと諭された。
    そして、人を喰らいたくなったら食べるようにと、人肉と同じ味のする石榴を与えたと
    いわれている。」

   「ほう。それで鬼子母神の像は右手に石榴、左手に幼き子を持っている姿なのか。
    いやされど、善神に変わった鬼子母神が何故、また人の子を襲う悪鬼に戻ったのだ?」

晴明は少し遠くを見るようにゆっくりと、口を開いてゆく。
   「邪心の鬼子母神・・・ あれは、石榴の棘が俺の指先に刺さった時から始まったのだ。
    俺の血・・お前も知っての通り・・ 俺には半分、獣の血が流れている。 半妖の血だ。」

博雅はぎょっとした。 持っていた杯が、博雅の手からすべり落ちた。 半妖の血?! 晴明はやはり、狐の子なのか? それを自ら認めるのか!?
そばにいた蜜虫が、黙ってこぼれた酒をふいてゆく。

晴明は、かまわず話しを続けた。
   「棘が刺さって、俺の指から半妖の血が流れた。 その血が棘を通して石榴の枝にも流れた
    のだ。 俺の庭で何年も時を過ごして来た石榴の木。 呪だの、祓いだのと、俺の呪術に
    常に触れていて、その働きが及んでもおかしくはあるまい。 半妖の血が作用して善と
    なる事もあるが、悪しき方に転がれば、恐ろしき力を持つ。 人肉の味がするという
    実が成る石榴の枝に、悪鬼の鬼子母神の心が芽生えたと俺は解釈している。
    俺の血を餌に、再び人の子を喰らいたいという邪心を膨らませ、枝に成る石榴の実を
    丸々と実らせていった。」

蜜虫が晴明の杯に酒を満たしてゆく。 晴明はその酒をゆっくりと飲んだ。
   「そして、その夜、お前が梨の実をもって来た。」

   「あ、あぁ。 善栄殿からいただいた梨だな。 それが何か関わりがあるとでも?」
博雅も蜜虫に新しい酒を杯についで貰って、口に運んだ。

   「あの時、梨の実がひとつ失せたと蜜虫が言っていたであろう? 蜜虫が邪心の芽生えた
    石榴の枝の前を通った時、それは落ちたのだ。 いや、石榴の枝に呼ばれたと言った方が
    良いかもしれぬ。 あの梨は、姫君が生まれた時、庭に植えられた木から成った実。
    その姫君は皆から“吉祥姫”と呼ばれ愛(いつく)しまれている。 その事を邪心の
    石榴は、梨の実から察知したのだ。 俺があとで見つけた梨の実は、精気を全て奪われて
    見るも無残な塊と化していた。 ・・そして、“吉祥姫”。 この呼び名が仇となった。」

   「何ゆえ?」

   「鬼子母神の持つ石榴の実を何と呼ぶか知っておるか?」 

   「いや・・・知らぬ。」

   「“吉祥果”だ。」

   「なんと?!」

   「実体のない邪心の鬼子母神は石榴の実と同じ名を持つ吉祥姫を憑坐とし、その欲望を
    満たす事を思いついた。」

ほぅ~と、博雅が深く息をついた。そして、
   「されど、そこまでわかっていて、晴明、お前は何も出来なかったのか?」
と、問うた。

晴明は苦々しそうな表情を浮かべ、
   「気づくのが遅かったのだ。 俺はずっと石榴の枝に血を奪われたままだった。
    棘が刺さった指先の傷はいつまでも熱をはらんで俺を苦しめた。
    その分、石榴の枝は俺の血を吸って益々、邪心を膨らませてゆく。
    お前が持って来た藤原善栄殿の話と、童ばかりを喰らう鬼が出た話を聞いて悪鬼、
    鬼子母神の復活を確信したが、血を奪われていてはこの俺も身動きがとれぬ。
    その時、お前が葉二を聴かせてくれたのだ。」

   「葉二?」

晴明は頷き、話を続ける。
   「お前自身は気づいておらぬようだが、お前の笛の音はあらゆる傷を癒す力を持っている。
    俺の身に起きている災いも、お前の奏でる葉二で浄化されていった。
    そして、俺の血を吸い続けて成長した石榴の実が、お前の美し過ぎる笛の音の前に屈して
    落ちたのだ。 危ういところだった。 石榴の実が弾けてしまっては、俺の力をもって
    しても邪心の鬼子母神を抑えることが出来なかったやもしれぬ。
    全ては博雅。お前のおかげだ。」

晴明にそう言われも、博雅は自分が特別な事をしたようには到底思えず、
   「そうかぁ? 俺はお前に笛を聴かせてくれと言われて、そうしただけだがなぁ。」
と、首をかしげて答えることしか出来なかった。

その言葉を聞いて晴明は、本当に愉快な気分になり笑い声をあげた。
   「はははははは・・ 博雅らしいな。」

博雅が問う。
   「もし、石榴の実が弾けていたらどうなっておったのだ?」

笑い顔から一変、険しい顔つきになって晴明は答える。
   「邪心の鬼子母神が石榴の種と同じ数だけ・・ 何百、何千と産まれ、方々に飛び散って
    おったであろうな。」

   「なんと! さような事になったら、この国が滅びてしまうではないか。」

   「そうだ、その通りだ、博雅。 お前がそれを止めてくれたのだ。」

さわさわと、緩やかな夜風が二人の頬を優しく撫でてゆく。
一息ついて、博雅が口を開いた。

   「恐ろしい話だ・・・  石榴の実は弾ける前に落ちたが、枝に宿った邪心の鬼子母神は
    吉祥姫の体を憑坐として、人の子を喰らい続けたのだな。」

   「ああ・・・。 されど博雅。姫君は人を喰らってはおらぬぞ。」

博雅はもうひとつの謎を思い出して、手を打った。
   「そうそう、それよ。 実際に童を喰らう鬼子母神の姿を見た者がいたではないか。
    お前も善栄殿の屋敷で耳にしたであろう? それなのに、何故、童たちはああして無事で
    あったのだ?」

晴明はかすかな笑みを浮かべて、博雅の問いに答えてゆく。
   「姫君と共に長い年月を生きてきた梨の木。 姫君はその梨の木を姉とも妹とも想い、
    大切に接してきた。 その想いが梨の木に届かない筈はなかろう。
    愛しい姫君が邪心の鬼子母神の憑坐とされているのを見て、何としても姫君を守らねば
    ならぬと思うたのだ。 梨の精のその強き思いが、鬼子母神の目を眩ませた。
    常に石榴の木のある場所で童を襲うように導き、童と石榴の実を取り替えて、鬼子母神に
    石榴の実を食べさせていたというわけだ。 だから、姫君の口元には石榴を食べた後が
    残っていたのだよ。 そして、梨の精は鬼子母神同様、人の目も眩ませていた。
    人の子を喰らう様を見せることによって、姫君の命が守られるからだ。
    さもないと、まことの事を知った鬼子母神が姫君の命を奪う危険があるからな。」

   「ふうむ。・・・確かに、善栄殿は吉祥姫の口元に石榴を食べた後が残っていたと言って
    おられた。 しかし、鬼子母神であれば、人肉か石榴の実か、違いはすぐに分かるのでは
    ないのか?」

   「ふふふ・・ そこが邪心の哀しいところ。 人肉を口にしなくなってどれだけの時間(とき)
    が流れていると思う。もう、人の肉の味など、とうに忘れてしもうて気づいておらぬのだよ。」

なるほど・・というように博雅が頷く。

   「俺は釈迦如来の力を借りて、邪心の鬼子母神に昔の罪を思い出させた。
    釈迦如来を呼び出す時に俺が持っていた石榴の実。俺の血を吸い、実ったあれは・・」

ぴん、と来た博雅が思わずその先を答えた。
   「邪心の鬼子母神にとっての我が子、愛好だった。という訳だな。」

晴明は嬉しそうに、にやっと笑って、
   「そうだ。ようやくお前にもわかってきたようだな。」
と、言った。

   「ようやくとはなんだ。 俺は先程から話の筋は読めておったぞ。」
博雅が鼻の穴を膨らませて抗議した。

ふふん、と冷やかすような目で博雅を見て、晴明は言った。
   「その後は、お前が見て来た通りだ。人も鬼も、我が子を愛おしいと思う気持ちには
    変わりはない、そういうことだ。」



 『陰陽師 吉祥果』 第4章~2 へつづく





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最終更新日  2008/10/02 10:28:32 PM
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