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食のコンサルタントのお仕事で 愛知大学のシンポジウムで 国立歴史民族博物館の名誉教授のお話をきく機会がございました。 海里山の儀礼食神饌 岩井宏寛氏 古来日本では、日没から始まり、翌日の日の入りまでとしておりました。 これは、南方熊楠によるとローマ、ギリシアと同じです。 12/31は、神聖なおせちは、女性が作り、朝、男性が雑な煮物である雑煮をつくりました。 宵宮祭りとは、夜行われ本祭りで、昼行われる祭りは後の祭りで本来のお祭りではありません。 神事においては、本来女性が主で行うものを現在家長制と重なり、 代行である男性が「神様のおかげで生活をさせていただいています。」 というとお祈りをささげます。女性が主であることは、絵巻物には頭上運搬をする 女性が多く描かれています。 また、ミケ(米)ミキ(酒)ミカガミ(餅)という時の酒は口噛み酒から始まりましたが、 噛んでいたのは巫女です。 そこでささげられた食物は、そのコミュニティ(里山、里、海)で とれたものを用意しましたが、最初は里芋、その茎などでした。 後に米に移ります。延喜式には鮭が何隻分と書かれていますが、 その舟は、丸太の真ん中をくりぬいたものでした。そこに「献立(食事)」を 載せますが、これは、宴の時に舟の上に献立をのせ、対面の方にすべらせて渡します。 賀茂神社では下賀茂(母宮)で神様が最初に降りてくるのは樹木なのですが、 そこに神饌をささげます。 様々な神饌があり、分類分けをすると、照葉樹林と広葉樹林で内容が変わります。 ゴマ、胡桃、カヤでとった油であげるという中国から入った文化があります。 また、韓国から入ったお菓子などは仏供と呼ばれますが、 神道と仏教が融合されていた頃に京都などで盛んに作られていました。 明治の神仏分離令があるまでは、寺も神社もお構いなく拝んでいたのが日本人でした。 なりものという定義から里山(コミュニティのある山)の神饌には、 キジも収められていました。 とれたてをささげるという発想から保存食である発酵食品は、 酒以外あまり登場しません。 発酵食品という分野でやっている私ですが、今回は いかに新鮮な食べ物が日本にはあるかの再確認になりました。 あなたも食で日本のよさを「えま」せんか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
September 24, 2013 03:19:00 PM
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