カテゴリ:妄想天国
「青虫いらっしゃーい」
微かに緊張しながら訪れた三智の家で、天敵が台所に立っていた。 「お茶いれようか?」 と言い出すほど、三智の家でくつろいでいるのは、別出版社に勤める花柿一瑠。揚羽の天敵中の天敵だった。 「いらない」 「なーんだ、青虫が好きそうな青汁用意して待ってたのに」 「僕の名前は『青虫』じゃないし、青汁なんて好きじゃない!」 一気に吐き捨てるように言うと、くらりとめまいがした。 興奮したせいで、なんだか熱が上がってきたようだ。けど、弱っているところを見せるのがイヤで、意地になってそこそこ整った一瑠の顔を睨みつけた。 しかし、揚羽を見下ろす一瑠は、意地悪そうな笑みを浮かべていた。その顔を見た瞬間、自分の反応がまた一瑠を楽しませてしまったのだと気が付いて、悔しくなった。 あの頃と一緒で、揚羽が困るのを楽しんでいるとしか思えない。 以前、揚羽が三智と二人きりになろうとすると、いつも一瑠が割り込んで邪魔してきた。一度文句を言ったら「だって恋人の絢ちゃんが可哀そうじゃないか」と真顔で言われた。 『可哀そう』と同情するなら、一瑠が慰めてやればいい。 そう言ってやりたかったのに、なぜかそれは言葉にできなかった。 その代りに、三智を落とそうと躍起になった。 もちろん結果は惨敗。いっそ乗ってしまおうと迫っていたところを絢に目撃され、あっけなく撃退された。 「柚木くん、いらっしゃい」 「あ…、先生。お邪魔してます」 「来週の締め切りの打ち合わせだっけ?」 「はい」 あんなことがあったのに、三智は以前と変わらない態度だった。 よっぽど、揚羽に興味がなかったらしいと、改めて思い知らされて少なからずプライドが傷ついた。 そんなに魅力がないかな、とため息をつくと、思いがけず熱い息だった。 「どうかした?」 「いえっ、なんでもないです」 風邪のせいでだるい身体に鞭をうち、必死に取り繕った笑みを浮かべて、なんとか打ち合わせを終えることができた。 これでようやく休めることができる。 三智にあいさつをして帰ろうとしたとき、まだ台所にいた一瑠が呼び止めた。 「青虫」 「なんだよっ」 「コレ」 押しつけられたのはプラスチックの薬の瓶。 『こどもかぜシロップ』 馬鹿にしているのか、と押し返そうとした揚羽の手を、一瑠がギュッと掴む。 「これ飲んでいい子で寝てな」 低くそう命令されて、揚羽はかっと顔が熱くなったのを感じた。 熱のせいだけじゃなく、火照る頬が熱くてたまらなかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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