リコリス・ピザ★1970年代
■リコリス・ピザ■この出会いは運命1970年代、ハリウッド近郊、サンフェルナンド・バレー。高校生のゲイリー・ヴァレンタイン(クーパー・ホフマン)は子役として活躍していた。アラナ・ケイン(アラナ・ハイム)は将来が見えぬまま、カメラマンアシスタントをしていた。ゲイリーは、高校の写真撮影のためにカメラマンアシスタントとしてやってきたアラナに一目惚れする。「君と出会うのは運命なんだよ」 ポール・トーマス・アンダーソン監督(以下、PTA)の9作目の長編映画となる『リコリス・ピザ』。少年ゲイリーと大人の女性アラナの出会いと恋、そして奇妙な冒険を、1973年のハリウッド郊外、サンフェルナンドバレーを舞台に、これまた奇妙な人物たちをちりばめて描いていく物語である。 「リコリス・ピザ」というタイトルと時代が1970年代というのに飛びついて見に行った。まずこの謎のタイトル“リコリス・ピザ”だが、こんな味のピザがあったらマズそうだ……ということではなく、これはアナログレコードのスラング。レコードの見た目がリコリス(独特な香りのする甘草科の生薬)で作ったピザを想起させるからだ。また、“LP”と掛けたシャレでもある。 1970年代というとその時代に青春時代を送った私は、「あるある」と思って懐かしがるだろうと思いきや、知っていることは何にもなかった。向こうは、アメリカの西海岸という流行の発信地みたいなところだし、こちら日本は兵庫県の片田舎では、同じ時代でも同じことは起こらないのだと納得した。 女主人公アラナは、市長選挙のボランティアをする。市長候補は、「忙しくて女性とは付き合う時間がない」と公言するが、実はゲイということをひた隠しにしていた。 ここでピンときたのが、ハーヴェイ・ミルク。ハーヴェイ・バーナード・ミルク(英: Harvey Bernard Milk, 1930年5月22日 - 1978年11月27日)は、アメリカ合衆国の政治家、ゲイの権利活動家。1977年、カリフォルニア州サンフランシスコ市の市会議員に当選し、同国で初めて選挙で選ばれたゲイを公表していた公職者となる。しかし、議員就任1年も経たない1978年11月27日、同僚議員のダン・ホワイト(英語版)により、ジョージ・マスコーニ(英語版)市長とともに同市庁舎内で射殺された。ハーヴェイ・ミルクもゲイということで多くの迫害を受けた時代。映画の中の市長候補も隠すことはやむをえない時代だったのだ。■おしゃれ手紙・「ミルク」■ 映画の中で、主人公の2人は走る、走る、走る・・・。いくら若いとはいえ、そんなに走ったら疲れるだろうと思いっていたが、あとで分かった。1970年代、走らなければならなかったのだということが・・・。無事にいるのだろうか?とか合いたいと思っても、ケイタイの無い時代。それを伝えることは出来ない。走って会って確かめるほかになかったのだから・・・。 少年ゲイリーは後にハリウッドの名プロデューサーに。そもそも主人公の少年、ゲイリーのキャラクター自体がハリウッドのプロデューサー、ゲイリー・ゴーツマンがベースになっている。彼は子役出身で18人の大家族映画『合併結婚』(1968)に出演、その後ウォーターベッドやピンボール販売など様々な事業を手がけた……と、映画まんまの経歴なのだ。彼は今、トム・ハンクスとプロダクション会社<Playtone>を運営している。・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・