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臨床の現場より

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カテゴリ:こんな医者います
 エビデンスと横文字にすることで、なにやら新しい概念を実践しているような気分になりますが、実際は「証拠」とか、「根拠」を自分の医療に求めるというこのなので、よくよく考えれば当たり前の事です。しかし、何が当たり前なのかという言葉の定義を一つ一つ検証していくことを求めすぎているのがエビデンスモンスターです。こういう相手と学会で議論するのは非常に疲れる上に辟易させられます。一般に常識と考えられている事柄全てにけちを付けてくるので、話が前に進まないのです。更には、非常に本質的でない部分での数値にこだわる傾向にあります。最近経験した例では、同系統の抗癌剤AとBで、奏効率に3%の差が出ました。薬Aの方が5年生存率が薬Bより3%高いと言うのです。エビデンスモンスターの主張は、この場合すべての患者に薬Aを使うべきであるとなります。ところが薬Aは腎障害などの副作用が多く、5年間生きている患者さんの多くが水分制限を余儀なくされたり、場合によって手術できなくなってしまったりする。手術も考慮した抗癌剤治療では、総合的に薬Bの方が良いといっても頑なに譲りません。そして、それなら薬Bが優れているというエビデンスを出せという論理を持ち出してきます。

 エビデンスの考え方は正しいはずなのに、なぜこんなに相手の感情を逆撫でするのか、色々と考えてみました。小さい頃、友達に本でも漫画でも貸した後、返してもらったら汚れていたとして、こんな言い合いをしたことがありませんか?
 
 あなた「この前貸した本、ちょっと汚れてたよ」
 エビ太「知らないよ。借りたけど汚してないよ」
 あなた「でもお前に貸したときはきれいだったんだぞ。汚したのお前だろ」
 エビ太「証拠あんのかよ。あるなら見せてみろよ」

別に汚れてたって、「ごめんね」と言われれば、いいよいいよと許す事が多いのですが、この最後の一行にはムカッと来ますよね。
 状況から考えると当たり前の事や、本来どうでもいいことに「証拠見せろよ」と言われると腹が立つものです。そして、常識的な事柄に関しては検証していないので、反論するだけの材料がありませんから、黙らざるを得ない。ここに感情の齟齬が生まれます。黙ってしまって反論できないということは、議論の世界だけでみると負けに等しくなります。エビデンスには、相手を攻撃するのに実に都合の良いシステムがあり、比較的経験は少ないが優秀な医師はこれにはまりやすいのです。実際、若い医師ほどエビデンスモンスター化する傾向があります。長い間経験として医療技術を身につけた医師と議論で互角に渡り合えるのですから、野心ある、といって悪ければ向上心ある若手医師には魅力的な議論法なのです。相手の質問に対しては、そこにエビデンスはあるのかという反問を持って封じることができるのですから、やり込めることも可能です。ただ、せっかく若い時に向上心もあり体力もある大切な時間を、このエビデンスに固執した勉強に使ってしまう。そんなことより、一分一秒全身全霊をかけて手術技術の上達に尽くすべきだとhead&neckなぞは思っています。
 医療は経験が大切であることが多々あり、その場で反論できなくても、相手は決して納得はしていない。相手を納得させるためには、言葉遊びではなく、「こうすればより患者さんが治ってゆく」「具体的にこれをやれば今よりもっと質の高い医療ができる」という実践的かつ現実的なロジックと結果がなければなりません。部分的なエビデンスだけいくら出して相手を言い負かしても、医師はそれまでの経験に裏打ちされた本能がありますから、決して説き伏せた事にはならないのです。さらに言えば、相手の質問に対して質問で返すことは不誠実な対応で、出来る限りすべきではないというコミュニケーションの根本から間違っている気がしてなりません。

 この前、とある癌センターに勤務している医師と話しをしたときに、「エビデンスを出さなきゃいかん。でないと学会で勝てないんだよ」とおっしゃっていました。勿論技術的にも実績でもhead&neckより遥かに上で、しっかりした経験と知識をお持ちの先生です。しかし、head&neckはこのセリフには反感を覚えました。私が部下に教えているのは学会で議論に勝つためではありません。患者を助け、医者としての生きがいを身につけて欲しいために苦労して技術を叩き込んでいるのであり、そんなことのために医療を使って欲しくない。トップの姿勢はその施設の雰囲気を反映していますから、一般の市中病院でまともに医療をしている医師から癌センターのエビデンスモンスターが嫌われるのは当然のことだと思ったのでした。


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最終更新日  2008.04.23 00:57:21
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