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 大学2年の2月には、私の大学では解剖学の試験がありました。解剖学は、大学に入学後、初の難関試験で、今後の医師としての基礎中の基礎ですから、試験自体もかなり厳しいものでした。人体の構造としくみを知らなければ、何科の医師になろうとよい仕事はできませんから、どこの大学の医学部でも解剖学はそれなりにしっかりしたボリュームと時間を割いて講義されていると聞き及びます。
 解剖学は、講義が1/3くらい、実習が残り2/3と、実習に重きが置かれていました。実際に献体された人体を表面から深部にわたって教科書と突き合わせながら3カ月かけて細かく解剖してゆくのですが、それまで医学部とは名ばかりの講義を受けていた学生たちにとって、これはかなりのインパクトがありました。さぼりがちであった大学にもまじめに通いだす学生が増えてくるのもこの解剖学実習があったせいかもしれません。
 多分にもれず私もこの時期は夜遅くまで解剖に熱中しました。実習終了時間は午後5時ですが、大学の方も学生に配慮して、終了時間は自由に決めてよいことになっており、一番最後に残った学生が実習室の鍵を閉めてゆけばそれでよいという風な取り決めでした。それまでは夕方にはアパートに帰って彼女とすごしていたのが、試験が近くなるに従って帰宅が徐々に遅くなり、9時、10時になることもありました。彼女は、起きて待っていることが多かったのですが、1月の終わりごろになると疲れているときは先に眠っていることが多くなりました。
 今考えると、その頃に私が彼女の変化に気づけばよかったのかもしれません。しかし勉強というか、解剖学の面白さに熱中していた私は、試験が終わるまでの間だからとたかをくくっていました。

 2月のあたまだったでしょうか、彼女がけだるげな様子で言いました。
「わたし、少し体調が悪いの。明日病院に行ってくるね。」
「分かった。おれ明日は上肢解剖の仕上げだから少し遅くなるよ。先に寝てていいから」
それが、彼女とかわした最後の会話でした。





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最終更新日  2010.09.21 18:45:26
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