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2021.05.17
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カテゴリ:物語
3-3
 管理ロボットがアームを伸ばしてマリエの肩を押さえた。マリエはからだをねじり、背後にまわっていたわたしと目が合った。その目が紅くあやしく光った。今思えば、それはさらに赤味を増した壁を映していただけなのかもしれない。ただ子供が助けを求めるような目ではなかったのは確かだ。無機質なロボットのような目。
 逃れようとするマリエの腕を引っ張った。
「だいじょうぶだよ,落ち着いて、髪を少し切るだけだよ」
 わたしはハサミを髪に向けた。マリエはさらにからだをよじって、それを躱そうとした。髪を庇おうとして上げたマリエの細い腕に開いたハサミがすっぽりと入ってしまった。わたしの手にマリエの柔らかい腕の感触が伝わってきた。わたしはあわててハサミを引いた。腕を傷つけてしまった。しかしハサミに血は付いていなかった。
 マリエは傷ついた腕を押さえて、乱れた髪でこちらをにらんだ。
 映るものすべてを信用していないような暗い目になっていた。自分の知るかぎりの子どもの目ではない。
「腕の傷を見せてみろ、痛むか、手当てしなくては」
 血は流れてないようである。たいした傷でないことに、わたしはほっとした。
「わたし帰る」
 痛がるでもなく、怖がるでもなく言った。
「ああ、先生が悪かった。とにかく腕を見せろ」
 生徒を傷つけてしまえばどうなる。わたしは自分の立場が悪くなるのを気にした。
 マリエは部屋を出て行こうとした。
「血は出ていないんだな」
 マリエは少し笑って腕を上げた。血が出ている様子はなかった。あれで血が出ていないなんて、やっぱりロボットか。
「待ちなさい。管理者としてその長い髪を見逃すわけにはいかない。あなたの校則を破るわがままは許しません」
 管理ロボットが出口をふさぐようにして立った。
「先生その子の頭にもう一度ハサミを入れなさい」
 管理ロボットが直接命令することはない。先ほどマリエの肩を押さえたこともそうである。学校にあるロボットは人間に直接行為はしない。いまは理事その人がロボットを操作しているのかもしれない。
 わたしは動かなかった。ロボットとマリエは出口でにらみ合っている。壁の色が灰色に戻っている。
「ジェームス、その子を押さえなさい」
 理事直接の声である。背中の方からこちらに向かって声が出ている。ロボットは首を回さずこちらを見ている。便利なもんだ。
「その違反した髪のままで学校の中をうろうろさせない」
 これは管理ロボットの声。ここからではマリエの顔は見えない。
 マリエはロボットとの間をつめた。どうするのかわたしは気になった。
「あっち向いてホイ」
 なにをいってるのか。
「あっち向いて~ホーイ」
 なにをしている。
 肩を震わせている。泣いているのか。
 違う、笑い声が漏れている。
「どいてと言ってるでしょ」
「なにを言うか」
 ロボットが小刻みに動いてる。感情のないロボットが怒ってるように見える。
 マリエは腕を伸ばし、人差し指を下からロボットの目の前に向けた。そしてゆっくり動かしながら言った。
「ど・き・な・さ・い」
 ロボットが体を震わせている。これはあきらかに怒っているのだろう。わたしは体を移動してふたりのやり取りを見守った。
「小娘がなにを命令している」
 ロボットの今まで聞いたこともないような大きな声。
「じゃまだからどくのよ!」
 マリエも負けない声で、ロボットの体を押した。
「もう許さない」
 管理ロボットが自分のボディのなにかをさぐっている。
「やめろ」
 管理ロボットから声が出ているが、これは理事の声。
「この髪のままで、ここからは出させない」
 これは管理ロボットの声。
「そんなものを使ってはダメだ」
「いえやります」
「だめだ、危ない」
 同じロボットで言い争っているのが、おかしかった。しかし、そういっていられない事態であるとわたしは気づいた。

(つづく)





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最終更新日  2021.05.17 01:03:02
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