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カテゴリ:物語
3-12
病気でないものが病院にいることほど健全でないことはない。マリエは病人でないから、ここでも異質な存在になってしまう。看護師からはなんで退院できないんだろうねとか、どうしてここにいるんだろうとか、行くとこがないのね可愛そうにとか言われてしまう。それはマリエについてまわる不安である。無理にこの時代、この場所にはめ込まれたのだから仕方がない。 親のいないマリエは児童相談所から児童養護施設に行くのが正当な道である。しかしマリエの存在自体があいまいなため、その処遇が決まらない。まるで未決の犯罪者のようである。マリエに興味を持った理事はマリエを手元において育てたいと思っている。しかし身元のはっきりしない子供を、直接手に入れることはできない。法律で固く禁じられている。里親になる資格というのもかなり厳しい。 児童難民、そんな言葉はないだろうが、体外受精で生まれる子供も多く、期待したDNAがあらわれなければ、捨てられるそんな時代でもある。 マリエはきのうの若い看護婦について、リハビリをする棟まで行った。そこは病気やけがによって身体に受けた損傷を機能回復するための訓練をするだけにあるのではなく、新たに付け加えた腕や手を人間の意思で動かせるように訓練をするところでもあった。 看護婦とマリエはエレベータを7階で降りた。そこはリハビリのための部屋というよりはスポーツジムのようなところであった。 看護婦が担当の先生と何か話している。先生はウン、ウンと頷いて、マリエの方を見た。看護婦はじゃというふうに軽く頭を下げて帰っていった。 「はい、あなたは筋肉を鍛えなければならないから、これを持って」 いきなりマリエは鉄アレイを持たされた。 「こうして上げ下げして、そこに回数が出るから、できるだけたくさんやって、はい、わかるね」 マリエはいわれるままに鉄アレイを上下させた。自分の意思でなにかを動かすということは楽しいことである。マリエの顔が嬉しそうに輝いて見える。 「はい、よくやった、上出来、すごい。次はこれ、このボールを壁に向かって蹴って、じょうずにできたらあそこに点数が出る、うまくできるかな、やってみよう」 リハビリの先生は、インストラクターのような明るい調子で言った。 マリエはこれもいっしょうけんめいやった。正確さと強さで点数が違うようである。マリエは汗がほとばしるのもわすれて、夢中でボールを蹴った。 「はい、これもよかった、きょうはここまで、いいスコアが出ているね、あしたもがんばろう」 マリエは久しぶりにスカッとした気分になった。 それからマリエはリハビリに夢中になった。それはリハビリというよりもゲームであった。野球のようにバットを振れば、ホームランとか、ヒットとかアウトとか出てくる。あるいはバスケットのようにシュートを決めれば2点、3点と得点が出る。 マリエがそこから心地よい気分で戻ってくると、あの小型ロボットがドブネズミのようにチョロチョロと顔を出す。マリエが自分のテリトリのカーテンの中に入って、きょうの訓練(練習)のことなど考えながら休息していると、厚かましくもカーテンの中に入ってきて、喋るのです。 「おねえちゃん、どうして僕のことさけるの、みんな僕のこと可愛いっていうよ」 マリエはだるまさんのように壁に向かって座っている。 「おねえちゃんも可愛いのに、いつも怖い顔しているね、笑ったことないの」 マリエは黙っている。 「おねえちゃん、J地区出身の東洋人なんだ。僕おねえちゃんのことなんでも知ってるよ、だから友だちになった方がいいよ、この部屋のみんな……」 看護婦が入ってくる気配がすると、ロボットはあわててベットの下に潜り込んでしまった。 「マリエ、リハビリ順調にいってるみたいね。この分だともうすぐ退院ね。いい施設に入れるといいのにね」 看護婦はマリエの腕を見て、太くなったなと思ったが、触れようとはしなかった。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.06.27 01:52:58
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