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カテゴリ:物語
3-14
病院の夜は静かである。マリエは眠っているのだが、ベットの下から声がする。 「ぼくとお話ししようよ、夜は僕も淋しいんだ」 あのロボットの声だが、少しそのトーンを変えている。 「君は遠いところから僕に会いに来てくれたんだろ、僕も君を待っていたんだ。夜は君と僕のふたりだけの時間。だから眠らないでおくれ、僕の自由をすべて君にあげるから、目を覚ましてよ、僕は君のことを考えると眠れない。それでも朝が来ると僕の自由は、その光のために溶けてしまう。だからこの自由を、君との時間を大切にしたいんだ」 ロボットはマリエの耳元にささやくように、喋り続けた。あくまでも低く小さな声で。 「ほんとうの僕でいられる時間は短い、だから君もほんとうの君の姿を見せておくれ、マリエ」 マリエは夢うつつでその声を聴きながらゴキブリのことを思い出していた。あのこたちは羽根と羽根をつなぎ合わせて飛んで行ってしまった。もうこの星にはいないのだろうか。わたしは100を超えたおばあさん。 「ママはもう死んでいない」 その言葉だけ寝言のように口からもれた。 「マリエのママはいないんだ、かわいそうな子、ママはなんで死んだの」 「ミマナが……」 マリエはうわ言のように発して、また寝息をたてた。 ミマナってだれだろう、しかしママが死んで、いないという情報だけでも今日は成果があった。ロボットは部屋の薄明りをさけるようにしてマーガレットのベットに戻っていった。 「タブレット見た。興味あるのあった」 「空手」 「空手?」 M先生は自分のタブレットに目をやった。 「空手、これか、……e-SPORTSにはない。これをやりたい」 マリエはM先生の顔を見た。眉を寄せてタブレットを睨んでいる顔は化粧をしていないようである。おとなの女の人はみんな化粧するのに、先生は女の人じゃないのか、でも女の人のように見える。まさかロボットなんてこと、マリエがそんなことを考えているとは知らないで、先生は言った。 「空手やってみたい、わたしもやったことがない。練習してみる」 先生はスクリーンに空手の教材をだした。まず型があるということ、それから実戦としては、突きや蹴りがある。それを教材の映像に従って真似してやってみたが、すぐにさまになるわけがない。 「突きというのはこうか」 M先生は腰を落として、腕をひねって前に出す。その動作を何回も繰り返した。 「なんとなくわかってきた」 M先生とマリエは向きい合って、腕を交互に出しあった。 先生のこぶしはマリエの頭の上に突き出され、マリエのこぶしは先生のお腹の前に突き出されることになる。 「足を半歩踏み出して、さっと出してすっと引く」 ドンサッサそんな感じで足を踏み込んではこぶしをだした。先生のこぶしはマリエの頭上で空を切り続けた。 マリエもドンサッサをやってみた。マリエの小さなこぶしも先生のお腹の前で止まり続けた。 何回も続けているうちに、マリエはお腹に打ち込んだら先生は痛がるのだろうかと考えた。 マリエはドンサで思い切り腕を伸ばした。こぶしは先生のお腹にヒットした。 先生は唸り声を出してよろけた。 マリエはやってしまったと思った。 先生は両膝に手を当てて少し苦しそうにしていた。 「先生だいじょうぶですか」 「ああだいじょうぶ」 と合図するように片手を上げた。 「ごめんなさい」 と口ではいいながら、マリエは心の中で舌を出していた。 先生は背を伸ばして、深呼吸して「もう大丈夫」といった。 M先生はロボットではないとわかったが男か女かという疑問は残る。そもそも男と女は何が違うのかというようなことを考えながらマリエは病室に向かった。 またあのロボットが柱の影から出てきた。意味ありげに目をウインクさせているのが、マリエにはおかしかった。 「ねえ、マリエ昼は無視していいけど、夜は二人だけの時間だよ」 マリエはその言い方に笑いをこらえた。こいつ人間の大人のまねなんかしている。あきれ顔でロボットを見つめた。何を勘違いしたのか、ロボットがウインクでこたえて、マリエの足元に子犬のようにまとわりついてきた。スポーツウェアのズボンを引っ張ろうとしたので、マリエはうっとうしく感じて、それを振り払うように足を動かした。ロボットはクルクル回って、きれいな放物線を描いて飛んでいき、天井とカーテンの隙間からマーガレットのベットの上に落ちた。 マリエは少し慌てて、カーテンの隙間から首を入れてマーガレットに謝った。 「ごめんね…」 「もう、この子にひどいことしたのね、投げ飛ばした。そうでしょ」 「いやちょつと、そのロボットが近づいて足に当たったの」 マーガレットはマリエを睨んでいたが、複雑な表情をしてそっぽを向いてしまった。ほほをふくまらせて、怒った表情を作っている。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.07.03 08:08:20
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