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カテゴリ:物語
3-15
マーガレットはもっとマリエに罵詈雑言を浴びせるはずだったのに、トムを抱いて布団の中に潜り込んでしまった。相手にぶつけようとした怒りが自分の方にに向いてしまった。その理由はマリエを見た瞬間、なんて可愛い子なんだろうと思ってしまったことにある。思考の前に感じたことなのでどうすることもできなかった。そんなたじろいてしまった自分に怒っているのである。 布団の中でぶつぶつ言っているのだが、マリエにはよく聞き取れなかった。 「子供は親のところに帰る。そういうことね」 マリエはそんなことを言ってカーテンを閉めた。 「あなたとなんかもう友だちになりたくない」 背後からマーガレットの声が飛んできた。 マリエはベットの上でごろんと一回転して、仰向けになりしばらく天井を見つめていた。友だちか、とつぶやき、座りなおして膝を抱え込んだ。 カレンはあたしがいなくなり、また一人ぼっちでいるのかな。マリエは短かったけどカレンとの楽しかった時のことを思い出していた。それからその前の保育園のことを思い出そうとしたが、どの子も思い出せない。いっしょにスクールバスでお歌をうたったり、砂場で遊んだりしたのに、誰の名前も出てこない。 あたしは108歳、みんなもう死んでしまったんだ。 マリエはカベの鏡に顔を映してみた。そこには8歳の少女の顔しか映っていない。 (カガミさん、カガミさん、嘘をつかないで、あたしの本当の顔を映してよ) 鏡の中の少女の瞳から涙がこぼれ落ちた。 マリエは膝に顔を埋めて、声をたてずに泣いた。 ここからどうしたら出られるの。子供であるマリエにはわからなかった。日本に帰りたい。 淋しいのは親のいないマリエだけでない。親がいたって、ここにいる子はみな淋しい。マーガレットだってほかのベットの子だって親と一緒にいたい。そうできないのが病気というものだ。 マーガレットもトムを抱いてしくしく泣いていた。布団に隠れて泣いていた。自分も誰かに抱きしめられたい。おとうさん、おかあさん一人ぽっちは淋しいの、夜が私を食べにくる。 マリエの横のベットの子、今まで顔を見たことない。呼吸用のマスクいつもつけていて、顔も歳もわからない。かわいい子なの、歳いくつ、誰に聞いてもわからない。窓側のもうひとりの子もわからない。顔は見たことあるけれど、いつもぼんやり笑ってる。悲しいことなんか見たことない、楽しいことを知らないから、悲しいことを知らないだけ、楽しくなくても笑ってる。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.07.08 23:49:14
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