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カテゴリ:物語
3-16
小児科病棟の消灯は早い。世間で一家だんらんの時間にはもう明かりは落とされる。看護師さんが様子を見ながらあかりをを消していく。みんな寝ましょう。あしたまた元気で会いましょう。病院はみんなに元気になってもらうところです。 みんなが寝静まってからも、当番の看護師さんが夜中の巡回をします。各部屋に異常はないかと注意しながら見て回るのです。今日の当番はあの若い看護婦さんです。若いというけど、何歳なのとツッコミを入れたくもなります。今の時代と違って、若いという幅が広がっている。平均寿命が長くなった分だけ、若いという年齢も引っ張られて延びるのです。今の時代でも昔と比べるとそうなっている。だから30を超しているのかもしれない。名前も当然ある。だけど西洋風の長い名前なので覚えきれない。今どきの日本の女の子の名前も覚えられないのだから。とりあえずAさんということにしておく。 Aさんがマリエの病室を覗くと、カーテン越しの影でマリエがまだ起きていることが見て取れる。足音を忍ばせてベットに近づいた。 カーテン越しにそっと声を掛けてみる。 「まだ寝ていなかったの、眠れないの」 Aさんが体をカーテンの中に入れると、マリエはベットの奥隅で小さくなっていた。顔を上げずに膝にアゴをのせたまま、Aさんを見つめた。大きな瞳がなにか訴えるようにこちらを見ている。 「ちょっとお話ししょうか」 落ち着いた声で言って、Aさんは体を反転させてベットの端に腰を掛けた。 マリエは素直に彼女の横に座った。 Aさんはマリエがあまり英語が話せないのを知っているからゆっくりと話しだした。 「体温も心拍数も………みんな正常ね。でも心の数値はここには出ないから」 彼女はタブレットを見ながら話し、それからマリエの横顔をじっと見た。それに気づいて顔を向けるマリエにあわてたように視線を外した。 「あなた、いつこの病院を出られるか不安なんでしょ、そしてその先のことがわからない」 こんどはマリエがAさんの横顔を見つめた。 このひとは女の人なのよね、化粧をしているもの。 「あなたには保護者がいない」 「ミマナがいるわ」 「ああ…あれはロボットでしょ、それくらいの情報はわたしにも入っているわ、あなたとどんな関係であれ、ロボットは保護者にはなれない。そうでしょ」 声に力が入ってしまう。 薄暗い病室の中でふたりのシルエットが見える。マーガレットはカーテンの隙間からその影を見ていた。 何を話しているのかしら、あんなに寄り添って。 だれかとだれかが親密になる。それだけで嫉妬心がふつふつとわいてくる。 「どっちにしても、ロボットは病院には入れない」 「どうして」 「病院には入院しているひとのデータがたくさんあるでしょ、そういったものが盗まれたり、治療用の機器類に悪い影響を及ぼすようなことがあってはいけないから、機械類の持ち込みは禁止されてるの」 「そうなの」 あのトムはロボットではないの、あたしが蹴ったからきょうは現れないけど。チョロチョロ動いているよ。 「あなたがここを出られる日はちかいと思うよ、なにかあったら教えてあげるから、心配しないでおやすみ」 看護婦はマリエの背に手をやって、髪の毛を撫でた。柔らかな絹の感触が手に残った。 マリエはあんなに髪に触れられるのを嫌がっていたのに、何の抵抗も示さなかった。 彼女は肩をぎゆっと抱きしめて、立ち上がった。 「おやすみ」 巡回時間は決められている。一か所に長くいることはできない。何か問題があればすぐに連絡しなければならないルールである。 マリエはやっと眠りにつくことができた。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.07.10 17:02:54
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