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カテゴリ:物語
3-18
その子は死んだ。だれかの手によってであったとしても、こういう形で亡くなったということは病院の責任である。病院は遺族に説明した。医療ミスとは表現しないが、自分たちの力が及ばなかったことを謝罪した。死者の存在の大きさは、残された者の悲しみの大きさで計られる。生まれながらに病弱だったこの子の死を、どれだけの悲しみをもって受け入れられたか、わからない。 マーガレットはマリエが呼吸マスクを外したのだと、言い続けた。こんな人殺しみたいな子と一所にいるのは嫌だと、両親とともに言い張った。病院もそういうことをいい続けられることは困ったことである。部屋を移ってもらうことにした。ただ4人部屋に入れて変な噂を広められてもまずいと、一人部屋に移ることを提案した。マーガレット親子にしても、それは望むところであった。特別にかかる部屋代を病院側が持ってくれればと承諾した。病院側は渋々それに応じた。 マーガレットはこうして一人部屋をゲットした。マスコットのトムとふたりきりでいることができるようになった。 (トム、今は静かに眠っておくれ、わたしがおまえに素晴らしい考えを教えるうようになれば、おまえを起こすから、あの憎たらしい女の顔をめちゃくちゃにしてやる) もうひとりの子も別の部屋に移された。 マリエはひとりこの部屋に残された。だれとも話せなくなった。自分で自分が認識できない。彼女は精神を病んだ。あるときは自分は109歳のおばあさんだと言い張った。体の中から空気が全部抜け、体も心も弾まない小さく丸まったおばあさんになってしまった。また別の日には、自分はまだ赤ちゃんだから何もできないと、駄々をこねて泣いた。 マリエは精神病棟に移された。精神科の先生からみれば、時間概念の壊れた患者なんか、わんさといる。マリエが特別な患者なのではない。 マリエは識別チップ(IDチップ)が体に埋め込まれていないので存在を証明するものがない。そして今自ら自分のアイデンティティを失くしてしまい、自分の存在が分からなくなっている。 小児病棟にいるときまでは、マリエの通っていた学校(今は放校の身)が、学校の事故によるけがということで、病院の費用は払っていたのだが、精神病棟に移ってからは、事故とは関係ないということで、費用は払わられなくなった。費用は公的なもので賄われることになった。マリエは完全に孤児になったのである。ここを出れば児童養護施設に行くしかない。 マリエはうつ病、まいにち病室でボーと過ごしている。だれと話すわけでもない。これでは覚えた英語も忘れてしまうだろうし、日本語だって忘れかねない。それでも、少しは気分のいいときは、リハビリセンタに出向いて身体を動かしなさいと先生に勧められた。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.07.24 06:40:25
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