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カテゴリ:物語
3-19 前回は入院生活で衰えた筋肉の機能を回復さすという名目でここに通っていたが、今回は気分転換のために運動設備を使わしてもらっているだけである。だからM先生もそこはにいるのだが、べつにマリエのことを気に止めているわけではない。それでも”やあ元気”と声ぐらいかけてくれてもよさそうなものだし、こっちから”こんにちわ”とあいさつすれば、なにか返してくれてもよさそうだがそれもない。マリエは淋しい思いを抱いて、施設の片隅でボールとたわむれるしかなかった。これでは心のリハビリにはならない。M先生は、ことさらマリエに冷たくしているわけではなかった。このひとは幼いときにロボットに育てられたので、自分が男か女かを意識することがなかった。人間は生まれたらすぐに男か女かを意識させられる。そういった意識から人間関係を構築していく。自分が男であるか女であるかまったく意識しなければ、人に対する興味が薄くなってしまう。Mはそういうことで、はたから見れば冷たい人ということになってしまった。この時代、こういうひとが珍しいわけではなかった。 今日もマリエはひとりぼっちでボールを蹴っていた。バーチャルなキーパーを相手にしていても面白くない。M先生は近くにいて、リハビリ指導をしているがこちらを見向くことはない。マリエは腹立ちまぎれにそちらに向かって、ボールを思い切り蹴ってみた。ボールはリハビリをしている人たちに向かって飛んでいった。”あぶない”マリエは叫んだ。それに気づいたM先生はボールに飛びついた。ボールを手のひらで受け止めたM先生は、それをバスケットボールのようにつきながらこちらに向かってきた。しまった怒られると身を固くした。マリエの前でボールをもった先生は睨んで言葉を発しようとしている。マリエは逃げ出そうと身構えた。 「あれ、君は退院したのじゃない」 マリエを見つめて言った。 マリエは一呼吸おいて、首を横に振った。 「リハビリは完了したから退院したと思っていた」 「あたし、あっちの病室にいるの」 マリエは精神科の病棟を指した。 「精神科、君が」 M先生は少し笑った。 「なるほど、少し雰囲気が変わったね、まあ体を動かして、体が疲れれば心はへこまない。くよくよ考えなくなるから」 M先生はボールをマリエにぶつけるように強く投げ、戻ろうとした。二、三歩歩いて、振り向いて聞いた。 「名前なんだった」 「マリエ」 マリエは言葉をぶつけるように応じた。 それからマリエは毎日リハビリセンタに出向いて、M先生の手伝いをするようになった。M先生と少し話をすることによって、体も精神もどんどん良くなっていった。そうなれば退院しなければならない。保護者のいないマリエが退院すると、児童養護施設しか行くとこがない。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.07.28 22:38:42
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