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カテゴリ:物語
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かぶりものはなんですか、その小さな穴からなにが見えますか。見たいものだけが見えればそれでいいのですが。 ここはヲコ幻想の街、エステやスポーツジムから〈性〉おもてなしの店まである。路地の奥まで行けば危険ドラッグの店もあるのだろう。ひとの心が浮き上がるような磁力のある街である。この時代もっとも人間らしい場所なのかもしれない。ひとがAIやロボットからの解放を求めてやってくるところである。 ジェームス先生はそんな街の〈性〉おもてなし店で働いていた。学校でのあのボヤ騒ぎの責任を負わされ、さらにロリコンの烙印も押された。そした学校から放り出されたのである。妻と離縁、子供と引き離されてしまえば、座標を失った星のように世間での立ち位置がなくなってしまった。足元が崩れて泥沼にはまるように、〈風俗〉にのめり込み、あっという間のすっ裸、お客様から従業員に変身するまでそう時間はかからなかった。 ジェームス先生があてがわれた地下の狭くて天井の低い部屋で休息していると、呼び出しの信号がきた。部屋番号を確認して、被り物を被って部屋を出た。こういったおもてなし店の従業員が店に出るときはキャラクターの被り物をするのがルールなのである。 お城のような外観のビルは廊下が曲がりくねっていて歩きずらい、それでも身を低くして進まなければならない。客や接客の女性とすれ違っても顔を上げない、見ない。ここに来る多くの客は顔を覆うマスクをして顔がわからないようにしている。接客する側もそうである。 ジェームス先生は掃除の指示があった部屋まで来た。 「失礼します。掃除に入ります」 だれもいないだろう部屋に向かって言う。客や女性がまだ部屋にいる場合があるからだ。 「あーら、早かったじゃない」 女の声にジェームス先生はビクッとした。 まだいてたのか、内心の声。こういった客は自分に何かを見せつけようとしているのだ。 「早いと思ったらジェイじゃない、仕事熱心で感心、感心」 女はマスク越しに客の方を見て笑ったようだ。客もマスク越しにそれに応えて笑ったようだ。ジェイはそれを見ていない。 「わたしたちのあそびでよごしたようだから、きれいにしてね」 女はフフフと笑って「スケベな想像するんじゃないよ」とジェイの脇腹に蹴りを入れた。 ジェイはよろけて両手をついた。 「ジェイは仕事熱心だからきれいにできるよね」 そう言い残して女はウキウキと客と連れ立って出ていった。 しかしジェームス先生は女がウキウキした気分じゃないのは分かっていた。 この世の中はストレスという波で動いているのではないか。客のストレスの波が女を呑みこむ、女はその波を何とかしようと自分にぶつける。しかし自分はその波をどうすることもできない。ただ心に波をたてないようにやり過ごすしかない。 ジェイと呼ばれるようになったジェームス先生は清掃をすることに集中した。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.11.21 01:06:12
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