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カテゴリ:物語
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「パスポートの申請に来られたのですね」 まったくお役所仕事だ。こればっかりはあの世もこの世と変わらない。 「そうだ天国に行くためのパスポートを作りたい」 「天国に行くためにはパスポートと入国査証がいります。それを発行するには審査があります」 「審査」 「そうですよ資格審査」 「天国へ行けるかどうかの審査か」 「そういうことです」 役人は三つの目をこちらに向けて言った。 わたしは不安を覚えた。生前神を否定するようなことを言っていたからだ。 「審査って何を審査するんだ」 「ここではわかりません。名前と生年月日を打ち込んでください」 タイプライタのような機械で名前と生年月日を打ち込んだ。そのアルファベットや数字が紙ではなく、画面に出てくるようだ。ここはあの世だあまり深く考えないようにしよう。 「カール・マルクスさん、これ生年月日間違ってますね」 三つの目が笑ってる。 「日にちを間違えましたか、生まれたのはずいぶん前だから記憶がどうも」 「そうじゃないのです。勘違いされる方が多いですけど、生年月日というのはこの世に生まれてきた日のことです」 「それは当然じゃないですか」 わたしは憮然として相手をにらんだ。この顔にもだいぶ慣れた。 「まだわかりませんか、この日にちはあの世に生まれたときのものでしょ」 わたしは考えた。ここではあの世がこの世、この世があの世ではないのか、つまり死んだ日が誕生日。 「死んだ日が誕生日ということですね」 わたしは思わづ大きな声を出ししまった。 「お分かりになったようですね。打ち直してください」 死んだ日か、頭をめぐらしたが1883年というのは判るのだが、月日までは……どうも。 「わからないのでしょ」 三つ目は右の目でウインクしてみせた。 「ほとんどの人がわかりませんよ、分かるのは自死した人ぐらいですよ。あの世でもそうでしょ、あとから親にお前の誕生日は何月何日だよと言われてそうだと思うだけでしょ。心配しないでください。こちらで調べてあげますから」 三つ目は姿を消した。わたしは考えた。死後の世界ってあるのだ。今あの世がこの世になっているということは間違いない。自分は神を否定してきたから、あの世も天国も信じてなかった。いや神そのものを否定したわけではない。資本家が神を労働者を搾取するための道具として使った。わたしはそんな神を否定したのだ。 「お待たせしました。あなたの生年月日が判りました。1883年3月14日です。キーボードで打ち込んでください。それでいいです。もう忘れていいですよ、どうせ時間がないのだから」 時間がないだと暇そうにしていたくせにとわたしは苦笑した。 「マルクスさん、あなたあの世の時間感覚が抜けないのですね」 三つ目は三つの目を細めて笑った。 「あなたこう思っているでしょ、口が無いのにどうして喋っているのかと、直接そちらの心と話しているのです、そのうち解りますよ。でもあっちの時間で100年以上もさまよっていたなんて珍しいものですね、あのエレベータに乗って、目的の階で止まるから」 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.08.17 19:25:52
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